2013年11月7日木曜日

もう一つの、もっと輝かしい世界



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

もう一つの、もっと輝かしい世界
(http://www.hashslingrz.com/other-brighter-world)

 『アーカンソー・ヘラルド』紙の新米記者カルヴィン・ゼファームはさまざまな仕事を任されていたが、その内容は一言で説明できた。要は、ベテラン記者が嫌がった全ての取材ということだ。今週任されたのは、現在カナダからアーカンソーに来ている竜巻追跡人ルービン・エイサーの特集記事。ホワイトウォーター疑惑を暴いた記事みたいなスクープとは大違い。しかし、今年は例年よりも竜巻の数が急激に増えているから、カルヴィンの記事が話題になる可能性もなくはない。
 カナダ人らしく几帳面なルービンは、ミラー郡のトウモロコシ畑で要領よく気象観測用気球を組み立てながら、大気の仕組みをカルヴィンに説明した。
 「地球の気候は不可逆過程だが、均衡が取れている。低エントロピーの太陽からの、エネルギーに満ちた放射熱が地球を温め、私たちが“天気”と呼んでいる巨大な熱機関を駆動し、赤道付近の大気を極付近へ、地面近くの大気を上層へと動かす。宇宙にあるものはすべて、熱力学の法則に従わなければならない。気候機関内の乱流は大きなエントロピーを生む。地球はその均衡を保つため、波長の長い高エントロピー放射を宇宙に向けて放つ。今年は例年になく強烈な竜巻がたくさん発生している。通常と逆向きに回転するこれらの発作的混沌は、世界が変容したことを示している。人類が引き起こした大気汚染がエントロピーの均衡を乱してしまったということだ。最終的にこれがどんな結果を招くかは誰にも分からない」
 彼がそう言う間にも、つい先ほどまで晴れ渡っていた青空がにわかに暗くなった。雷が鳴り、周囲を稲妻が囲んだ。突然、巨大な竜巻が発生した。直径おそらく一マイルはあろうかという渦がうなり、耳障りな轟音が回転しながら彼らに迫った。
 「竜巻だ、竜巻だ! 真っ直ぐこっちに向かってくる。あなたみたいなカナダ人は大丈夫でしょうが、私らには無料の医療保険がないんですよ」。カルヴィンは切羽詰まった悲鳴を上げる。
 「竜巻の風はそれ自体ではさほど危険じゃない。ウェストにこの紐を巻くんだ。いろいろな物が渦巻いている高さを超えて、竜巻の速度とシンクロすればもう大丈夫。上空に行くにつれて寒くはなるけれど――この帽子をかぶりなさい」。そう言って手渡した毛編みの赤い帽子には当然のように白いカエデの葉のマークが記してある。まるでそれが危険を寄せつけないためのお守りであるかのように。
 二人が綱を体にくくった途端、気球が激しく不安定な円を描きながら上昇を始めた。ちょうどカルヴィンの気が遠くなってきたとき、突然回転が止まり、周囲の空気が静かになった。二人は直径わずか一ヤードしかない竜巻の目に入ったようだ。ルービンはまるでそれが日常茶飯事であるかのように、ラジオゾンデのディスプレーを片手でつかみ、反対の手でベルトからクリップボードを取り出して、グラフに点を打ち始めた。
 「この竜巻はすごいな。ハリケーンの場合と違って、竜巻が安定した目を持つことは非常に珍しい。しかし、それよりさらに信じがたいのは……この|断熱図《テヒグラム》を見なさい。本当に独特だ」。彼はグラフを四十五度傾けた。すると、点を結んだ線がほとんど垂直になる。「断熱図をこの角度に傾けると、エントロピーの軸が縦になる。私たちが上昇する間に、中心部のエントロピーがとんでもない速度で低下しつつある。通常のエントロピーを完全に反転させた形だ。まるで竜巻がマクスウェルの魔物そのものになったみたいだ」
 「すみません。地面を離れた段階からお話について行けてません。数学とか理論とかが苦手なもので。でも、あの虹の向こうに見える物はいったい何? あの、空が真っ青に見えるところの?」。カルヴィンは竜巻の目が広がり、色とカーブが逆転した“逆さ虹”が見えている部分を指差した。そこはまるで、もう一つの、もっと輝かしい世界から照らされているかのように、まばゆい青の光に囲まれていた。
 気球が上昇するにつれ、徐々に大きく見えてきたのはドイツ空軍の飛行船だった。側面には鉄十字のマーク、四機のエンジンを備え、前方に司令用のゴンドラがある。竜巻からの空気の流れが彼らを飛行船へ近づけ、やがて乗組員の姿も確認できるほど接近した。制服を着、|角兜《つのかぶと》をかぶった乗員が彼らに機関銃を向けた。
 「ラジオゾンデの計測によるとエントロピーが劇的に低下している。これはつまり、不可逆なはずの熱力学的過程が逆行しているということだ。私たちの目の前で今、ロシュミットの逆説が起きている。竜巻の巨大な回転が時間の矢を逆転させたのだ。ひょっとしたら過去からの時間旅行者もいるかもしれない」
 「え? それはつまり、あそこに飛んでいるのが過去の世界から時間に逆行して吸い寄せられた本物のドイツ空軍の飛行船だってこと? そんな訳の分からない、非論理的な話は今までに聞いたことがない」
 「逆説というのは、筋が通らないから逆説なんだよ。私にもはっきり理解できているわけじゃないが、とにかく、もうここはアーカンソーじゃないみたいだぞ」

続く……



【訳者解説】
 エントロピー、竜巻、時間旅行、飛行船、虹、ドイツ。
 ホワイトウォーター疑惑とは、クリントン元大統領がアーカンソー州知事だったときの政治資金をめぐる疑惑。断熱図《エヒグラム》は、横軸に温度、縦軸に温位の対数を取り、等圧線、飽和断熱線、等飽混合比線が引かれたグラフで、大気の様子の垂直変化を示すもの(添えられた写真中央のグラフがそれ)。ローシュミットの逆説とは、エントロピーが不可逆に増大するとする熱力学の第二法則に関して、「時間対称的な力学から不可逆過程が導かれるはずがないので、どこかに間違いがあるはずだ」という反論のこと。逆さ虹は「環天頂アーク」とも呼ばれ、ネット上できれいな写真をいくつも見られます。マクスウェルの魔物(悪魔、魔)、エントロピーなどはピンチョンの読者ならなじみがあるはず。『競売ナンバー49』の中にも説明があります。
 カルヴィンの名は絶対温度を表す単位のケルヴィンとかかっているかも。ゼファーム(Zephirm)の中にも西風(Zephyr)が隠れているかも。ルービン・エイサーの名前も何かありそうですが不明。
 訳文中の「鉄十字」は「鉤十字」の間違いではありません。
 締めくくりの台詞は、ピンチョンお気に入りの『オズの魔法使い』のドロシーの言葉「トト、ここはカンザスじゃないみたいよ」(『重力の虹』にも引用されている)のもじり。最後の最後の「続く……」は、本当に続くのかどうか不明(冗談?)。

(了)

2013年10月31日木曜日

これはゲームじゃない



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

これはゲームじゃない
(http://www.hashslingrz.com/its-not-game)

 ハーマン・ランドは駅からハンティントンビレッジへ向かって長い距離を歩きながら、裏通りにあるあの小さな店をもう一度見つけられる自信が持てずにいる。見え見えのコピー商品。ケヴィン・コスナー主演『ポストマン』。新品のDVDなのに再生ができない。安物だったら文句は言わないが、今では近所のウォルマートでもその半額で売っているDVDだ。同じ場所をぐるぐる回っていた彼は幸運にも、二周目で店を見つけた。イタリアンの総菜屋の隣。まるでわざと客に見つからないようにしているかのように、目立たない店構えだ。
 中には、店員以外誰もいない。「おたくが売ってるのは欠陥商品ですよ。これ、再生できませんでしたからね」
 店員がパッケージに目をやる。「リージョン6。中国からの輸入品ってはっきり書いてありますよね。買う前にチェックした方がいいっすよ」。そう言って、壁に貼られた、戦略ボードゲーム「リスク」に使うボードらしき地図を指差す。
 「今の話、あの地図と何か関係がある? 私をからかってるのかな」。ハーマンはいらつく。
 「うちの店は、リージョン1以外のDVDを専門に扱ってます。DVDのリージョンマップと、そこの壁に貼ってる七〇年代の『リスク スペシャルエディション』を見比べたら、リスクの六大陸とDVDのリージョン分けがぴったり重なるんです。当時は、工業が盛んになった日本がヨーロッパを征服した格好になってる。でも、まあ、構わないっすよ。はい、返金します。でも今度からは、買う前にラベルを読んでくださいね」
 ハーマンは自分のミスだったことに気付いて恥じ入りながら金を受け取る。「ありがとう。子供の頃はよくリスクをやったよ。でもすごく時間がかかる。ゲームが終わるのを見たことがない。あのゲーム盤、ずっと取っておけばよかったなあ」
 「トイ・ソルジャーって店に行ってみたらどうです? メイン通りにある、変な委託販売店。先週、あの店には天井近くまでリスクが積んでありましたよ。制作年が違うバージョンが揃えてあった。でも、店のオーナーが変人でね。『ゲームは終わらない』ってのが口癖なんです」
 ハーマンは駅に向かう途中でトイ・ソルジャーを見つけた。子供時代のノスタルジアを刺激された彼が店に入ると、挙動不審な男が棚から物を取っては大きな木箱にそれを放り込んでいる。そして、同じような木箱が床にいくつも並んでいる。
 「何かお目当ての商品でも?」
 「あなたが店のオーナー? リスクが手に入るかと思って、ここへ来たんですが。DVD屋の男から話を聞いて」
 「最近はオンラインでよく売れてます。売れたらすぐに次の商品が届く。荷物には切手も貼られていなくて、どこから届くのかも分からない。昨日も同じように荷物が届いたんですが、今回は書類と謹呈票が添えられてました。謹呈票に書いてあったのは、今のうちに手を引けというメッセージ。だから今日は大サービス。あそこの棚にあるのは、一九五七年のフランス版『世界征服』。よく見てみてください。イスラエルの国境が六日戦争後のものとぴったり一致してるんですよ」
 「それはつまり……何? 実は五七年に作ったゲームじゃないって意味?」
 「それがあなたの解釈? リスクゲームに描かれたアフリカの地域分けは、一八八五年のベルリン会議で合意されたのとほぼ同じだって知ってました? もちろんゲームの方が会議より後に作られたんだから不思議じゃないってお思いでしょうが、話はそれで終わらない。というか、むしろ、そこから重大な話が始まってるんです」
 彼はハーマンに、木でできた古いゲーム盤を見せる。板にはドイツ語で「世界征服、一七九五年」と刻まれ、ハーマンが歴史の授業で習った通りの、あるいはリスクのゲーム盤で覚えた通りの――彼は急に、それがどちらだったのか分からなくなる――アフリカ地図が記されている。そして、「ヨーロッパ征服」とフランス語で書かれた別のゲーム盤には、オーストリアとチェコスロヴァキアとポーランドが描かれている。
 「オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊する十年前に制作されたものです。ポーランドの国境だって、カーゾン線とぴったり一致する。それだけじゃない。うちに届く荷物には書類が添えられるようになった。機密書類のリークです」
 彼はフォルダーを手に取り、書類をばらまく。ニクソンがオフィスで使っていたメモ帳らしき紙に手描きされた地図には、国内の動揺が極限に達した場合の、アメリカ国土東西分割案が詳細に記されていた。見慣れない縦書きの文字を添えた地図では、モンゴルから朝鮮半島に矢印が伸びている。ロスチャイルド系列から出された手紙では、金融危機が生じた場合、EUを北・西・南の各地域に分断するアイデアが提案されている(イギリスについては言及なし)。ドン・チェイニーあるいはディック・チェリーによる署名があるメモには、アフガニスタンとイランに絡む問題の解決法として、二国を合併し、国境を北へ移すという提案が書かれている。
 「リスクのゲーム盤は世界を、方向の定まらないグラフとして描いている。領土のノードは辺で結ばれ、プレーヤーは交点の一つ一つで選択を迫られる。ゲーム盤は、起きた出来事を振り返るための分析にも使えるし、これから起きることの予測にも使える。何百年も前からエリートはこれをゲーム理論に使って、世界を分割し、再分割してきた。時々間違いが起きて、秘密の戦術があちらの世界からこちらの世界に漏れることがある。でも、ボードゲームに見せかけてあるから、普通の人にはゲームにしか見えない。でも実はゲームじゃない。これ以上にうまい偽装はないでしょうね」
 「先週には、リスクの|一人プレー《ソリティア》版が届きました。全世界郵便連合スペシャルエディション。世界全体が一つの|地域《リージョン》として青く塗られていて、それ以外の国境とか、地域分けが何もない。プレーヤーはサイコロを振って小さな内乱を起こす。ゲームの使命は内乱を鎮圧すること。でも私は今、ちょっと急いでるんです。ほら。全部持ってってください。代金は要りませんから」
 「すごいコレクションだ。これだけ揃えた人は、よっぽどこのゲームが好きなんでしょうね。でも私は一つでいいんです。こんなにたくさん、駅まで運べないし」
 「あなた、話を聞いてなかったの? まだこれをただのゲームだと思ってる? さっさと行動しないとやばいよ。あなたも、私も、他のみんなも。知らん顔してれば逃れられると思ってる?」。興奮した店主の目がほとんど眼窩から飛び出しそうになる。
 「ああ、もういいです。何も要りません」とハーマンが立ち上がる。
 「私のためとは言わない。人類のために、|一人プレー《ソリティア》版を持ってってください。リスクに終わりはない。それだけは絶対、間違いない」
 ハーマンはゲームを手に取り、店を出て、駅のある南へ向かう。そのとき、二台のトラックが止まる。車の側面には何も文字が書かれていない。球体の周りで踊る五人のメッセンジャーを描いたロゴだけ。五人のうち一人はアメリカ先住民だ。ガードマンらしき男らがヴァンから出てくる。何人かは角の向こうに回り、別の数人が店に入る。おもちゃの兵隊みたいな動きだ、とハーマンは思う。でも、あのロゴ、|一人プレー《ソリティア》版のゲームに記されていたのと同じデザインじゃなかっただろうか?


【訳者解説】
 DVDのリージョンは0(フリー)以外に、北米を中心とする1、西ヨーロッパと日本を含む2、中国全土の6などに分けられています(詳しくはウィキペディアを参照)。リスクというゲームについては、日本ではあまりなじみがない気がしますので、こちらもウィキペディアを参照してください。
 六日戦争とは、一九六七年六月の第三次中東戦争のこと。他も細々した世界史情報が織り込まれていますが、余計なお世話の気がするので説明は省きます。
 ゲームに見せかけた世界征服計画。陰謀論とゲーム。郵便システムと世界統一。これまたよくできた短編です。

(了)

2013年10月23日水曜日

オフィスから私用電話



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳
(http://www.hashslingrz.com/abusing-office-phone)

オフィスから私用電話

 かつてはオーガスタが職場で大事にされた時期もあった。子供たちが生まれる前、産休を取る前、苛烈な離婚の前のことだ。夫は結婚前取り決め書を偽造して不相応な財産を分捕り、残された金もすべて、親権争いのために雇った弁護士どもに持って行かれた。だから元夫が今、ニューヨーク証券取引所の総合指数が一万を超えるのを眺めながら、自分の持つ株式売買選択権ににやついている一方で、オーガスタは短期契約の仕事で食いつなぐ有様だった。人生のどん底。彼女は結局、元夫が作ったいちばん新しいIT会社に雇われ、誰もやりたがらないテストを山ほど引き受ける羽目になった。同僚は皆、成人したばかりでニキビだらけの男たち。何も知らないくせに、何でも知ったかぶりをする連中。職場に一人だけ女が混じると、スケベな夢想の種にするか、あるいはオーガスタの年齢に近づくと、ここぞとばかりに性差別と年齢差別の標的にするようなやつら。でも今日が最後。だから、オーガスタはあるいたずらを計画していた。
 「やあ、おばあちゃん、机の上にあるその妙ちくりんな道具は何だい?」 はいはい、リック。いつものように挑発的なご挨拶だわね、とオーガスタは思った。
 「VAXクラスターで動くARM11のチップ。OSはBLISS、FORTRAN、ADAのコンパイラを使ったVMS。共通言語環境がターゲットよ。今作ってるのはまだプロトタイプだけど」
 「はあ? 古くさ。コンピュータはどこで習ったの? 石器時代?」
 「履歴書に書いた通り。ノースヨークシャーのハロゲート。つまりイギリスよ、リック」
 「はあ? エゲレス? やっぱ石器時代じゃん。博物館行きって感じだね。もうすぐ、新しいインターネット・ホスティング・サービスに使うためのブレードサーバーがいっぱい届くから、さっさとそこを空けといてくれるかな、おばあちゃん」
 「すぐに終わるわ、ニック。今、もうこれで最後だから」
 オーガスタはモデムを電話のジャックにつないだ。
 「何やってんの。それ電話をつなぐところだぜ。ネットワークコンセントは机の下」
 「ありがとう、リック」
 彼は本日三杯目のモカ・フラペチーノを飲みに、オフィスの休憩コーナーに消えた。
 しかし、オーガスタが必要としていたのは、まさに旧式の電話通信サービスだった。時は二〇〇七年。本当に大事なものはVMSで動いている。証券取引、航空機の管制システム、郵便サービス、国税局、国家安全保障局、銀行とATM。基本的には重要なもののすべてだ。なぜなら、|コンピュータ緊急対応チーム《CERT》が報告するVMSのセキュリティー問題一件に対して、Linux なら二十件、Windows なら三十件の問題があるからだ。
 とはいえ、エシュロン《ECHELON》設計の中心メンバーで、監視プログラムSILKWORTHを一人で作ったオーガスタにとって、セキュリティは相対的な尺度でしかない。そうした最重要システムの多くに、とっくに忘れ去られた通信プロトコル X.25 DTE がまだ残っているのを彼女は知っている――使われないまま、そしておそらく誰にも愛されないまま、オーガスタを待つプロトコル。まずはJANETを呼び出す。簡単に侵入。アカウントはいまだに有効。パスワードの変更もなし。コマンドラインで向こうにバッファオーバーフローを引き起こし、スタックを詰まらせる。FINGERでリモートのホストコンピュータを調べれば、SYSPRVはちょろい。あとはXOTのトンネルを使ってアビリーンを経由(船が揺れますので席をお立ちにならないでください)。DNICSを二つほど抜ければ、ウェルズ・ファーゴ銀行。
 「なあ、オーガスタ。まだオフィスで私用電話してんの?」。リックが戻ってきた。山羊髭からスニーカーにモカがしたたっている。
 「すぐに終わるわよ」
 「あんた本当は、何年も前に終わってるけどな。俺らはAjaxを使ってきびきび仕事してる。きっとあんたにとっては、エイジャックスはバスルーム用洗剤の名前、きびきびといえばラジオ体操なんだろうなあ」
 「あなたって面白い人ね、リック」
 交換仮想回線確立。口座にアクセス。ケイマン諸島に送金完了。ふう。元夫のビジネスには多大なベンチャーキャピタルが投下されているから、この金がなくなっていることに誰かが気付くのは遠い未来になるだろう。仮に気付いたとしても、巧妙に隠蔽された金の動きはこの新設企業のオフィスまでしかたどれない。監査人はたぶん、このIT会社もまた経営が危ないと思うだけだ。
 「そこにいる高齢者のお方、サーバーが届きましたよ。そこ、ちょっと邪魔なんですけど」
 「いいわよ。もう終わった。リック、あなたの言う通り。もう切らなきゃね。仕事も終わったし。引退して、カリブ海にあるどこかの島に行くことにするわ」

【訳者解説】
 今回の短編はやたらにネット関係の難しい語が出て来るので、訳の正確さに自信が持てません。その方面に詳しい方はぜひ原文をご参照ください。ネット監視システム、エシュロンは説明不要でしょうか。ちなみに、「オフィスから私用電話」というフレーズは、ピンチョン『ブリーディング・エッジ』の5頁で、主人公マクシーンがオフィスに出勤したら、受付の女の人が私用電話を掛けているという場面に登場します。
 ついでにコマーシャルをすると、来月(11月6日)発売の文芸誌『新潮』に『ブリーディング・エッジ』の書評を書きました。書評といっても半分は新作発売までのいろいろな動向(一月に新作発売の噂が流れてからの動き)で、残り半分が新作紹介という感じです。乞うご期待。
(了)

2013年10月16日水曜日

政治と散文



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

政治と散文
(http://www.hashslingrz.com/politics-and-prose)

 英國に戻ったメイスンとディクスンはチェシャー・|乾酪《チーズ》|旅籠《タヴァーン》に宿を取った。二人が或る晩、ドミノをやりながら黒麦酒と雲雀《ヒバリ》入りの布甸《プディング》の夕食を楽しんでいると、偶然そこへマスクライン牧師が現れた。王立協会の集まりに参加するために倫敦《ロンドン》へ来たに違いない。
 「チャールズ君、ジェレマイア君、これは驚いた。君たちがそろそろ植民地から戻るという話は聞いていたが、まさかこの旅籠にいるとは。王立協会でも汝らの測量は大層な噂になっていた。ぜひここで、土産話と将来の計画を聞かせてはもらえないだろうか」
 マスクラインが姿を見せてからずっと苛ついた表情を見せていたメイスンが不意に、律動的《リズミカル》な口調で詩を詠み始めた。

夏の花は枯れ、死す
苗木に水をやれ
豊かな胸は子供らを養う

 「メイスン殿は愛妻レベッカさんの死に大層胸を痛めておられる」とジェレマイアが説明した。「傷心の治療として、旅先で東洋の専門家が勧めた方法として、メイスン殿は今、人生の両極のバランスを整えようと試みているところ。散文詩のみを口にすることで、熱さと冷たさ、光と闇、生と死などなどのバランスを整えるのです」
 「それはまた変わった治療だ。先の朗唱には確かに面喰らった。だが、ジェレマイア君、私が麦酒をご馳走になる間、汝らが植民地でいかなる知識を得たか、聞かせてはもらえないか? ぜひとも旅の話をお聞かせ願いたい。これ、よろしいかな?」。牧師はそう言いながら、麦酒の大容器《ピッチャー》に手を伸ばした。
 「どうぞご自由に、牧師殿。わしは実際、多くのことを学びました。より正しい座標を地球に描く方法を今、論文にまとめているところです。ヴァージニアで木の下に座っていたとき、林檎が頭に落ちてきました。皮を剥こうとナイフを手に取った瞬間、閃いたのです。赤道上の一点から一定の角度で或る距離を取れば、地球上の任意の点に到達できる。そのときをきっかけに、わしは緯度と経度という概念を完全に放棄しました。わしは今では、地上のすべての点を赤道上にある原点からの角度と距離によって定めています」

月球、はるかなり
道を定める地図
時の手は嘘をつかざり

「ジェレマイア君、その考え方は随分と道を外れているよ」。牧師はメイスンの発言を無視し、雲雀の布甸を口に入れた。「第一に、グリニッジから南に線を引いて赤道と交わる場所は海のど真ん中で、計測に便利な起点とはなり得ない。第二に、その角度とやらが規定する等角航路は極に無限に近づく渦巻き線になる。まさに航程線だよ」
 「失礼ですが、私の理論では、グリニッジは真の起源から外れた一つの点に過ぎません。地球の起源はエデンの園、あらゆる生命の源を原点として定めるべきというのが私の信念です。神はそれを赤道上の、アビシニアの何処《いずこ》かに置かれた。私の方式は、船乗りの間で堕落の中心として名高い土地ではなく、神の図面に基づいて規定されているのです」

「大洋に失われた哀れな魂は
時計に時を見いだす
そして特定される現在地」

 「ジェレマイア君、人類の起源が阿弗利加《アフリカ》にある、あの野蛮な大陸、異教徒の暮らす大地にあるなどと言うのは狂気ですぞ。済まぬがその麦酒をもう少しこちらへ回してもらえぬか。どうやらその林檎は随分と重量があって、かなりの重力でもっておつむに当たってしまったようにお見受けする」
 「欧州以外の土地に住む異教徒たる先住民の存在に目をつぶるのが世の流儀のようですね。しかし私は知りました。亜米利加大陸の先住民は人類の中で最初に阿弗利加を離れた集団なのです。彼らは航程線に沿って蒙古の草原を横切り、北極にたどり着いた。すべての航程線はそこに至るからです。その後、彼らは数学的にありえないと思われる芸当を成し遂げ――恐らくは第四の次元を通って――亜米利加大陸に渡った。“野蛮人”と蔑まれている彼らですが、実際には我々の理解を超える経験と知識を有しています。それは途方もない旅の賜物《たまもの》なのです。わしはこの先、国会議員に立候補し、亜米利加大陸先住民の代表を務める所存です。いつか、すべての人が法の下で平等となる日がやって来ることでしょう――神の目にそう見えているように」

「雲に隠れた星々
私は時計を見る
歴史がすべてを裁くであろう」

「ジェレマイア君、君が政治を志すとは大変意外だ。しかし、君の考え方が王の偉大なる帝国において支持を得るとは思えない。汝らお二人は旅で随分と変わられたようだ」

「月は狂気を呼ぶ
時の経過を見よ
すべては褒美を得んがため」

「本当に随分と変わられた。特にメイソン様は。しかし、残念。もはや布甸もなく、麦酒も空っぽ。もっとお話をしたい気持ちは山々なれど、明日の朝にはジョージ王との謁見があるゆえ、これにて失礼。さらばだ、殿方」
 牧師が去ると、メイスンが空になったピッチャーを取り、給仕にお代わりを注文した。「なあ、ジェレマイア、まったくハリソン君の言う通りじゃないか。あの牧師はユーモアを解さぬただのお喋り屋だな」
 「その通りだな、チャールズ。しかも、財布の堅さと来たら、女将のコルセット並み。他人のビールを飲むだけ飲んで、空になった途端に消えた」
 「しかし、航程線云々という先の法螺話、あれは聞き応えがあった。あの男をぎゃふんと言わせるのは、ハリソン君の時計を巻くのと同じくらいたやすい。政治と散文詩でいちころだからな」
 「“法螺話”? 汝は|巫山戯《ふざけ》ていたのかしらんが、わしの話はすべて本気さ」

【訳者解説】

「政治と散文」(九月二十三日公開)について
 「政治と散文」というフレーズは『BE』一〇六頁に出て来る。内容は『メイスン&ディクスン』の設定を借りた短編。チャールズ・メイスンとジェレマイア・ディクスンはアメリカでいわゆる「メイソン=ディクソン線」の測量を終え、英国に戻ったところ。メイスンは小説中ずっと、亡き妻レベッカを思い続ける。ネヴィル・マスクラインはメイスンのライバルの天文学者で牧師。王立協会(または英国学士院)は英国最古の、権威ある科学研究の学会。ジョン・ハリソンは時計職人で|経線儀《クロノメーター》の発明者。
 ヒバリ入りのプディングは百五十年前の料理として、レシピがこちらのHP(http://victorianstories.blogspot.jp/2009/10/202-lark-pudding.html)に紹介されている。
 柴田元幸さんの翻訳をまねようと努力したのですが、とても難しくて、中途半端な文体になってしまいました。

(了)


2013年10月8日火曜日

トラフィックを増やすには



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

トラフィックを増やすには
(http://www.hashslingrz.com/build-your-traffic)

 ハンドルをぐいっと引くと前輪が縁石を跳び越え、後輪が横向きにスリップし、自転車が停まる。彼は自転車を街灯に鍵で固定し、マンハッタンの繁華街にある食堂に入った。ニューヨークの街路は、エド・ガンダーソンの人生における涅槃《ニルヴァーナ》だった。彼の夢は子供の頃にさかのぼる。テキサス州オースティンで最速の新聞配達気取りで自転車を駆り、住宅の裏庭フェンスの隙間を抜け、郵便受けに新聞を放り込み、自転車メッセンジャーとしての未来を夢見た。ロウワーイーストサイドのワンルームアパートに暮らしながらも、気分は上々だった。エドにはメッセンジャーの仕事が本当に合っていた。マディソン街に一マイル連なるタクシーの列を蛇のように抜ける最短コースを本能的に見つけ、ミッドタウンマンハッタンにある全ての信号が変わるタイミングを記憶し、バスの間を縫い、歩行者と車のドアを避け、ベーグルをがっつくのに忙しい交通整理の警官に見とがめられることもなかった。
 今日の彼は大きなチャンスを手にしていた。|自転車代替輸送企画《WASTE》の代表、マセラティ氏との面接。エドの才能に目をつける人物が現れたのだ。マセラティ氏は返信のできないある|ショートメッセージシステム《SMS》を通じて彼に連絡をよこし、街中にあるこの食堂での面接を持ちかけてきた。会社の所在地や電話番号といった詳細は秘密らしい。街の噂によると、WASTEはテクノロジー関係の会社を相手にするメッセンジャー業者としては最大手のようだ。つまり、最近いちばん金のある連中と取り引きをしているということ。
 エドが店に入るとウェイトレスが振り向き、ほほ笑んだ。「マセラティさんがお待ちよ。ジュークボックスの横のテーブル」
 「ありがとうございます」。彼は店の奥のジュークボックスに向かった。マセラティ氏は信じられないほど細身で、トーストしたホイペット犬のように、こんがりと日焼けした肌がぴんと引き締まっていた。彼は大きく腕を振って向かい側の椅子を指し、エドに座らせた。
 「君のことをしばらく前から見させてもらった。ひょっとすると君は、私たちが求めているメッセンジャーかもしれない。仕事《トラフィック》を増やす気はあるかね、ガンダーソン君。そのお手伝いをさせてもらおうかと思うのだが。準備はできるかな?」
 「朝の準備の話ですか? まずは自転車を点検します。チェーン、タイヤ、スペアチューブ、もろもろ。それから天気予報のチェック。雨になりそうなら雨具を用意します」
 「いや。そういうことじゃない。それはアマチュアのやる準備だ。ゾーンでメッセンジャーをやる場合の準備はそういうことではない。やり方が違う。うちでは準備の仕方がメッセンジャーとしての――“チクリスタ”としての――仕事を決める。だから、準備の仕方を学んでもらわなければならない。いいかね。うちのライダーはヨーロッパ出身者が多い。トラックレースをやっていた元プロの連中は準備の仕方を心得ている。パウロはイタリア人で保守的だから、アンフェタミンとカフェインが専門だ。しかし一時間に六杯のエスプレッソを飲んでるおかげで、彼には夜遅くまで仕事を頼める。アーノルドはミュンヘン出身。ロデオの雄牛よりも筋骨隆々で、毎日コルチコイドステロイド注射をしているから、重い品物の配達なら彼にお任せだ。ゲルハルトはアムステルダム出身。混合薬物《ポット・ベルジェ》が専門。前の日に街角で買ったものが何でも、翌日にはポットの具材になる。コカイン、興奮剤《アッパー》、鎮静剤《ダウナー》、種類を問わず鎮痛剤、ケタミン、ペントバルビタール。何でもありさ。ゲアハルトならサウスブロンクスの犯罪最多発地帯にでも送り込める。誰一人として彼には手出しをしようとしないからね」
 「マセラティさん、俺は薬物はやりません」
 「結構結構。その気持ちは分かる。問題ない。清く正しく生きるアメリカ人青年というわけだな。じゃあ一つ、特別な仕事があるぞ。薬物は無関係だ。いいか。テクノロジーの業界ではデータを守ることが至上命令になる場合がある。A地点からB地点にデータを送るとき、普通は電話線を使う。現代のコンピュータがやっているのはまさにそういうことだと言っていい。しかし、インターネットでデータがどの経路を通るのか? これはコントロールできない。だからデータを暗号化する必要が出てくる。それでも、通信を傍受する権力を持った連中が、解読する能力も併せ持った場合どうなるか? 傍受と解読をできるやつらに、データを送ったという事実さえ教えたくない場合、どうする? 唯一安全な解決策は空隙《くうげき》を作ること。A地点でデータを取り出し、電話線上で検知されることなく、離れた地点まで運び、そこで解読。コンピュータ科学者は最近、“今はビッグデータの時代だ”などと言いつのっているが、ビッグデータは昔から私たちのすぐそばに、いや、もっと正確には私たちのにあった。ヒトのDNAの内部にどれだけの情報が含まれているか、知っているかね? たった一グラムの中に七百テラバイト。ハードディスクドライブにそれだけの情報を書き込んだとしたら、運ぶのにトラックが何台も必要になる。われわれは遺伝子的な指示書きの力を利用させてもらうのだ。真っ昼間にニューヨークの街中で巨大なデータを運んでも、誰の目にも留まらない。まず、君の血液を一リットルほど取り出す。後日、君には自分の血液を注射で戻す。君の染色体内の、使われていない部分のDNAを組み換え、そこにデータの中身を入れておくのだ。データは運び人の目にも見えない。受取人のところまでデータを運んだら、また一リットルの血液を取り出す。元の血液が少しでも含まれていればそれで充分。それだけで何ペタバイトものデータが運べる。報酬はかなりなものだし、薬物とは無縁だ。その上、ラッキーなボーナスまで付いてくる。君が運ぶ荷物は――つまり一リットルの余分な血液のことだが――酸素消費の閾値《しきいち》を上げ、輸送作業を楽にしてくれる。君の荷物はいわば、マイナスの重さを持つということ。君なら史上最速のメッセンジャーになれるだろう」
 「ええ、先ほども言いましたが、薬物はなしということで。でも、分かりました、マセラティさん。俺は速くなりたい。最高のメッセンジャーになりたい」。エドは契約成立の印として握手をしながら考えた――この約束によって俺は成功するかもしれないし、駄目になるかもしれない。ひょっとしたらその両方かも。そしておそらく郵便システムは今後、これまでとはまったく違うものになるだろう、と。

【訳者解説】

・「トラフィックを増やすには」(九月十七日公開)について
 タイトルは『ブリーディング・エッジ』三四九ページに登場する表現。ストーリーは、脳に埋め込まれた記憶装置を使う情報運び人を主人公に据えたウィリアム・ギブソンの短編「記憶屋ジョニィ」、あるいはその映画化『JM』を思い起こさせる。
 主人公エドの下敷きとなっているのはテキサス州出身の元自転車プロロードレース選手、ランス・アームストロング(一九七一- )。彼はツールドフランスで七連勝したことなどで英雄視されていたが、二〇一三年初頭に現役時代のドーピングを認め、スキャンダラスな話題になった。彼は三歳のとき、母が再婚して、アームストロング姓になったが、生まれたときの名はランス・エドワード・ガンダーソンだった。マセラティはイタリアのスポーツカーメーカーを意識しての命名か。
 WASTEは『競売ナンバー49の叫び』に登場する秘密の郵便組織の略号。『重力の虹』では、第二次世界大戦が終わった直後、分割占領下のドイツが「ゾーン」と呼ばれる。
 「トーストしたホイペット犬」というのは、ツールドフランスを走る、無駄のない体格で日焼けした選手らを指す決まり文句。筋肉むきむきのアーノルドはアーノルド・シュワルツェネッガーを念頭に置いていると思われる。事前に採取していた自身の血液を競技直前に輸血して、持久力などを高める方法は「血液ドーピング」と呼ばれ、スポーツ界では禁じられている。


(了)


2013年10月2日水曜日

ベーグルが足りない



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

ベーグルが足りない
(http://www.hashslingrz.com/bagel-deficiencies)

 胸に響く超低周波の振動が大地を揺らし、高温の白い炎が横に噴き出した。まるで太陽がついに地球と衝突したかのように。しかし次の瞬間、静寂。マリー・ガンマーは、これまでに記録された推力《スラスト》の最高値を期待しながら、推力計に取り付けられた自動記録器をチェックした。安定した持続的燃焼を示す直線のグラフ。これだけの結果が得られればロケットダイン社は、アメリカ合衆国最初の衛星を軌道に打ち上げる計画に復帰できる。一日の始まりとしては完璧な成果だ。とはいえ彼女は今日も、また別の“専門家”と呼ばれる精神科医と会い、くだらない検査を受けなければならない。他のセキュリティーがらみの面倒な手続きと同様に、こうした検査には切りがなく、面倒なことこの上ない。
 マリーはオフィスのある建物に行き、陽気な足取りで面接室に向かった。部屋の前の受付には若い女が座っていた。分厚い化粧。ふっくらと逆毛の立った髪型。忙しそうにマニキュアを塗っている。
 「グロスマン先生と予約をしている者ですけど」
 「“来たらすぐに通しなさい”と言われてます」
 部屋に入ると、グロスマン医師が床で、実物大に作られた牛のジグソーパズルらしきものを組んでいた。それぞれのピースには、“|腰肉《ショートロイン》”、“|肩バラ肉《ブリスケ》”、“|脇腹肉《フランケ》”といった部位の名が記されていた。彼の足下には別のカードが一組置かれており、いちばん上のものには“統合失調症《スキゾフレニア》”と書かれている。グロスマン医師は今からパズルのピースとカードの組み合わせを作ろうとしている。彼女はそんな印象を受けた。
 「ああ、カードが気になります? 今、牛のどこの部位を食べたかということと精神病との関係について研究をまとめているところなんです。私はキャリアの出発点として例の変人、フロイトに弟子入りしました。フロイトとその追従的な弟子どもは皆、精神《プシケ》の源は性《セックス》だと信じています。母の乳房を吸う赤ん坊。彼はそこにフェラチオを見る。便秘の|子供《ピツェラー》が小児用便座にまたがる。するとフロイトは、その子が何年か後に肛門性交《アナルセックス》を求めると言う。あなた、小児用便座を使ったことは? アナルでやってみたいと思います?」
 「え、あ、いいえ……でも、ここへはそういう相談で来たんじゃありません」
 「ええ、違うと思いました。私は以前、彼の話を何でも聞いて、信じていました。ヒトラーが現れるまでは。彼はその後、ロンドンに逃れ、さらなる名声を得た。かたや私には金がなかった。私はナチスの強制労働収容所で三年を過ごしました。ろくに食べるものもなく、骨と皮になった。しかし、貧窮と飢餓の中で突然、ひらめいたんです。真に精神を突き動かす源を私は発見した――食べ物ですよ。ペニスじゃない。連想テストで具体的に説明することにしましょう。果物といえば?」
 「洋梨」
 「あなたは自分の体型について悩んでいます。では、チーズは?」
 「リンブルガー」
 「チーズの好みを無意識のレベルで決定しているのは母親の乳房です。お母様は不衛生で、体臭の強い方だった。朝食」
 「ベーグル」
 「これは予想外の答えだ。興味深い。ひょっとして、ユダヤ系の方なのかな。他人を食べさせていかなければならないという衝動をお感じになる? この点はもっと詳しく調べる必要がありそうだ。ベーグル」
 「足りない」
 「“ベーグルが足りない”? ベーグル屋の組合がまたストライキでもやっているんですか?」
 「“ベーグル”っていうのは、私の研究チームが開発した新しいロケット燃料の名前です。六十パーセントがジメチルヒドラジン、四十パーセントがジエチレントリアミン。それを液体酸素LOXと混ぜる。つまりベーグル&塩鮭(lox)」
 「ああ、なるほど。サーモンとクリームチーズ入りのベーグルね。私もあれ、大好物です」
 「でも、軍の連中の意向で“ハイダイン”と改名されることになりました。将軍と呼ばれる人たちって本当に傲慢で自己中心的。一緒にいると、こっちに何かが足りない気がしてくる」
 「ベーグル、サーモン、クリームチーズ。最高じゃありませんか。手の届かぬ理想を持ち続けることです、ガンマーさん。頭のおかしな男どもなど放っておきなさい。私はそういう連中を今までにたくさん診察し、慢性的なソーセージ羨望の症例をいくつも発見しました。死に至るケースだってある。アメリカ人の場合、体ばかり大きくて頭が空っぽな父親が野球を見ながら大きなブラートヴルストを次から次に食べてたりするでしょう? その横で子供らが小さなナックヴルストを食べている。それがしばしば、子供の心の中に精神の病や恐怖心を生む原因になる。そんな子が大人になると、ブラートヴルストという魔物を追い払うために巨大なロケットを求めてしまうんです。でも、あなたは正気でいらっしゃるから、もうお帰りになって結構ですよ」
 マリーはもう一度促されるまでもなく、すぐに部屋を出た。

(故ロケットガール〔http://en.wikipedia.org/wiki/Mary_Sherman_Morgan〕にお詫び申し上げます)


【訳者解説】

ピンチョンの 『ブリーディング・エッジ』には、警官たちが近所にベーグル屋がないと文句を言いながらカフェに入るという一節がある(二頁)。タイトルはそこから取ったもの(今回は、訳者が提案して書いてもらったもの)。
 中身はロケット燃料開発と精神分析の変種という、まるで『重力の虹』から引き写したような設定だ。ガンマー(Ganmor)はモーガン(Morgan)のアナグラム。つまり、「ロケット・ガール」とあだ名された実在の女性ロケット研究者、メアリー・モーガン(一九二一-二〇〇四)という人物が下敷きになっている。ここにも訳出したが、短編末尾には故人に向けて、「からかうような書き方をして申し訳ない」という意味で記されたと思われる謝罪文が添えられている。ロケットダインはアメリカ合衆国の液体燃料ロケットエンジンの主要な設計製造業者として実在し、モーガンは第二次世界大戦後、この会社に入り、ハイダインというロケット燃料(その組成は本文中の説明にある通り)を開発した。
 「子供」という意味の pitseler 、「頭がおかしい」という意味の meshugeneh などはイディッシュ(ユダヤ系の人が使う言語)なので、この言葉を発する精神分析医がユダヤ系だと分かる。「リンブルガー」はベルギー産の、香りと味の強い熟成チーズ。日本人にとっても珍しいものでなくなったベーグルは元々ユダヤ人が食した伝統的なパンで、「ベーグル」というのもイディッシュの単語。「ブラートヴルスト」はドイツ系移民がアメリカに伝えたソーセージで、日本で言うフランクフルトのようなもの。「ナックヴルスト」(またはクナックヴルスト)はパキッという食感の太くて短いソーセージ。
 お題を出されてからわずか三日で書き上げたこの短編でいちばん凝っているのは、液体酸素(LOX)と塩鮭(lox)を駄洒落にして、ロケット燃料の開発コードを「ベーグル」と設定しているところだ。「液体酸素」をお題に出されてこのネタを思いつく人はいるかもしれないが、「ベーグル」という単語からこの話を思いつく作者はすごい。

(了)

2013年9月27日金曜日

ブリーディングエッジカラオケ


ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

ブリーディングエッジカラオケ

 横須賀米軍基地から二、三ブロック入った裏通りに、ヒデアキのカラオケバーがある。入り口に掲げられていたネオンサインは、数年前の台風「キロギー」以来、行方不明のままだ。しかし、口コミのおかげでヒデアキの店は、上陸許可をもらった水兵の行きつけとなっている――少なくとも、即興演奏を愛し、八分の十一拍子を刻める水兵にとっては。というのもヒデアキは、エリック・ドルフィーを記念して世界で初めて作られたカラオケバーだったから。
 狭くて薄暗い入り口から地下に、高さがばらばらの木の階段が延び、その先のドアを開けると、厨房の裏で魚を燻製にする煙とすえた臭いに満ちた部屋がある。客は小さなテーブルの周りに腰掛けて舞台の方を向き、隣のテーブルでリズムをシンコペーションする足踏みに合わせて頭を上下させる。誰もが何かしらの楽器を、店に持ち込んでいる――バスクラリネット、トランペット、サキソフォン、ドラムスティック、ブラシ、小槌(楽器用もそれ以外も)。一人の男が手にしている巨大なトライアングルは、いかなるバッソプロフンドよりも低い音を発しそうだ。テーブル三つはカズー専用。他は適当なもので間に合わせている――自転車のフレーム、如雨露《じょうろ》、ボートのエンジン部品。
 横須賀にあるよそのカラオケバーと違い、ここでは録音された伴奏が流れることも、歌詞字幕の付いたビデオが映し出されることもない。人呼んで、「リズム・モード・カラオケ」あるいは「フリー・カラオケ」。分類不可能だと言う者もいる。夜の九時頃、客同士の会話が急に静まる。店の主人であるスギモリ氏がカウンターに近づいて客の方を向き、「帽子と髭」と宣言。すると四、五人が舞台に上がり、セロニアス・モンクの引用みたいなリフを即興演奏し始める――ただし楽器はスーザフォン、自転車のシートポスト、ユーフォニアム、カズーだ。和服を着たウェイトレスが巨大なサーバーで辛口の日本酒をテーブルに運ぶ。タンブラーが満たされては空《から》になる。そして客はタンブラーを空にするたび、新たなスキャットを叫ぶ。舞台上のバンドがフロアから聞こえたフレーズを取り入れ、反復し、テーマを発展させ、やがてまた別のタンブラーが空になり、新たなスキャットが舞台に届く。
 間もなく、ウェイトレスたちが寿司や刺身の皿を客に出す。燻製マグロの握り、タコの足でくるんだ豆腐、生わさびを添えたイカとウナギ。それを見ただけで、隣のテーブルに座る客の目から涙が流れる。さらに店の名物料理が届けられる。鋳鉄製の焼き板で熱々のまま出される、エビとチーズの入った|お好み焼き《パンケーキ》だ。ウェイトレスは厨房と客席の間を駆け回り、皿を置くときも、日本の寿司屋というより、ニューヨークの安食堂みたいに乱暴だ。
 エビとチーズの臭いを嗅ぎつけた舞台上の演奏者が二、三人、自分のテーブルに戻ると、別の客がその後釜に座り、どんどん酒の進む客席から次のスキャットが提案されるのを待ち受ける。ローテーション演奏は真夜中過ぎまで続く。奏者は聴衆と交代し続ける。たまにスギモリ氏が「甘い曲、テンダーな曲」あるいは「とにかく起伏のある曲」と新しいテーマを叫ぶと、音楽が滑らかに新しいアルペジオ、調《スケール》、拍子に移行する。その後、水兵たちが徐々に船に戻り始め、夜が明ける頃には、ヒデアキのバーがようやく静かになる。
 スギモリ氏とウェイトレスたちが床とテーブルから、食べ残しのイカを片付け始める。スギモリがいちばん古株のウェイトレスに声を掛ける。「ミチヨさん。俺、今度は、文学のためのカラオケバーをやろうかと思うんだ。トマス・ピンチョンみたいな、すごくジャズっぽい作家がいるだろ? リズムを何度も切り替え、協和音に不協和音を混ぜ、終わりと始まりがぶつかり合ってる作家。『ブリーディング・エッジ』から取ってきたフレーズを誰かが大声で叫ぶと、別の誰かが即興でストーリーを作る。そこで酒を一本か二本飲ませたら、みんなも乗ってくるんじゃないかとおもうんだけど」
 スギモリは視線を落とし、溜め息をつく。「見てくれ、この床の散らかりようを。名前は、そう、ハッシュスリンガーズにしよう」
 「どうかしてますよ、スギモリさん。酔っ払った文学愛好家が書いたピンチョンもどきの文章なんて、誰が読みたいと思います? 先週この町に来たビートルズのトリビュートバンドとどっちもどっちの最低な思いつきですね」
 「そうかもな」と彼は笑顔を浮かべる。「けどとりあえず、宣伝文句はこうだ。あなたの書いた物語をスギモリにお送りください」
 彼は掃除の手を止めることなく、床に向かって言う。「ハッシュスリンガーズ。ヒデアキのバーと同様、誰でも歓迎。ルールは明記されていないものが二つ、三つあるだけ。ハッシュスリンガーズのスギモリ宛てにお送りください」

(http://www.hashslingrz.com/bleeding-edge-karaoke)

【訳者解説】
 この短編は、ピンチョンの作風をジャズにたとえている部分が興味深い。実際、彼のジャズ好きは、広く知られている数少ない個人的興味の一つだし、これまでにも何人かの批評家・研究者が彼の作品をジャズにたとえてきた。そして翻ってみれば、ここに訳出した四編が「ブリーディングエッジカラオケ」の実演だと分かる。いわゆる「メタフィクション」的に、この作品が他の作品を入れ子にしている。
 だが、話はそれだけで終わらない。さらに興味深いのは、結末でスギモリ氏が「ハッシュスリンガーズのスギモリ宛てに〔あなたの物語を〕お送りください」と呼び掛けている点。今、この文章をお読みになっているあなたもぜひ、「ブリーディングエッジカラオケ」に参加してみられてはどうか。つまり、『ブリーディング・エッジ』中の適当なフレーズをタイトルにして物語を書き、sugimori[at]hashslingrz.com に送ってみるのだ。数少ない条件の一つはもちろん、英語で書かれていることだ。ただし、その後の展開がどうなるか、訳者の保証するところではない。
 語句についての注釈を。日本では台風を「○年の×号台風」と呼ぶのが通例だが、国際的には個々の台風の名で呼ばれることが多い(アメリカのハリケーンにも名前がつけられる)。台風「キロギー」は二〇一二年の台風十二号のこと。
 音楽(主にジャズ)関係の用語も多く登場するので、なじみのない読者は面食らうかもしれない。エリック・ドルフィー(一九二八-六四)はカリフォルニア州出身のバスクラリネット、アルト・サックス、フルート奏者。伝統を踏まえつつ先鋭的で、独特のアドリブで知られる。「バッソプロフンド」は最低音域の荘重なバス声部のこと。「カズー」はおもちゃの笛の一種。口にくわえてハミングするとブーブーと音がする。一風変わった楽器としてミュージシャンが用いることもあり、ピンチョンお気に入りのアイテムの一つ。ここに出てくるトライアングルもそうだが、笑えるほど巨大な楽器は彼の作品に時々登場する。セロニアス・モンク(一九二〇-八二)はピンチョンが昔から敬愛するジャズピアニスト。その風貌は「帽子と髭」が印象的で、しばしば哲学的な一言を発したことでもよく知られる。「ユーフォニアム」は中低音域の金管楽器。「スキャット」は、歌詞の代わりに意味のない音節を用いる即興的な歌い方。

(了)

2013年9月25日水曜日

当店のメニュー

メニュー

食事のお客様はぜひ各自、食材をお持ち寄りになり
にて、ご自分で調理を
(*条件:アイデアとタイトルは『ブリーディング・エッジ』から取ること。ピンチョンっぽいスタイルで千語以内。著作権の扱いを明記して sugimori [at] hashslingrz.com に送付。)

あるいは当店シェフのビュッフェメニューからお選びください
または、ゲストシェフのアラカルトメニューからもお選びいただけます
メイン: 重力のニジマス


(*訳者記 オリジナルページではもっと多くの部分にリンクが貼られています。
リンク先は pynchonwiki.com)

2013年9月24日火曜日

車輪の付いたアルミが襲う



ハッシュスリンガーズ・ドット・コム著 木原善彦訳

車輪の付いたアルミが襲う

 新しい|千年期《ミレニアム》は高揚とともにやって来た。オーストラリアの工業技術マーケットは好況。株価は天井知らず。しかし、シドニーの|車両設計研究所《VDRL》は投資家の資本をすっかり使い果たし、好機をまったく生かせない。VDRLで働いていた最後の見習い、ジュリーナ・ガネッサは閉鎖的な研究環境に不満を持ち、何もかもパブリックドメインにさらすと捨て台詞を残してデータを全部持ち出してしまった。
 幸い、研究所には事態を好転させるささやかな可能性が一つだけ残されていた。ビクトリア州政府と先日結んだ契約に基づき、最近街で流行のアルミ製キックボードについてその安全性を検証するという仕事だ。必要なのは残された|わずかな資金《チキン・フィード》で仕事をやってくれる人物だけ。というわけで、フローとイーディスが面接に訪れたとき、このふたりにしては珍しく門前払いを食わされることはなかった。そんなはした金で生活していけるのは彼女らくらいだろう――なぜならフローとイーディスは、人付き合いにうんざりして田舎で暮らしている高学歴男の手によって言語学と物理学を教え込まれただったから。養鶏業を営むラクランは、妻がクロコダイルハンターと駆け落ちした後、鶏舎に長い時間入り浸り、長年すぐそばで観察した結果、鶏が想像よりはるかに頭がいいことを発見したのだった。
 「じゃあ、キックボードの安定性に関する動力学を分析すればいいわけですね」とフローが復唱した。「朝飯前です」とイーディス。「他の二輪車両を扱った先行研究から外挿的に推定するだけ。比較と対照。安定性、操縦性、頑健性。どれも既に確立された計算です」
 ふたりは新たな雇い主になんとか気に入ってもらおうと、翌日すぐに仕事に取り掛かった。重心の計算、ハンドル角の計測、内輪差。
 いつも実験重視のフローはマウンテンバイク、BMX用自転車、そして最新モデルのレーザー社製折り畳みキックボードに乗る人々のビデオを検証し始めた。経験主義的分析の確かさを堅く信じる彼女は、キックボードはどの二輪車両にも劣らぬ安定性と操縦性を備えていると確信するにいたった。
 しかし、イーディスは理論的な側面にこだわった。どんな計算をしても予想は一致した。角運動量は極小、メカニカルトレイルもゼロ。そしてその結果、情けないほど低い値の臨界速度を超えた途端に必ず生じる自然発生的振動。イーディスは、こりゃ全然駄目だと思った。
 「ねえ、イーディス。このキックボード、楽しそうよ。ちょっと試しに乗ってみない?」
 「フロー。いくらあなたに翼があったって、前輪のぶれを無視はできないでしょう? 危険なおもちゃよ」
 「ご託はいいから、イーディス。理屈ばかり言うあなたのその、上から目線にはうんざり。あたしならこんなもの、目をつぶってたって乗れる」。フローはそう言ってキックボードに飛び乗り、ビクトリア州交通局に向かう坂を一気に下り始めた。
 安定性に関してはフローの意見が正しかったかもしれない。次の交差点に達した頃には速度が時速二十キロまで上がり、矢のように走っていた。しかし、至福の瞬間はまた、後輪のブレーキがいかにお粗末かを知るのと同時だった。後輪はロックし、|三前趾《さんぜんし》型の足が滑らかなアルミ板の上を滑り、フローは通りに投げ出された。羽毛が宙に舞い、アルミはそのまま坂の下へ。
 ガン! キックボードは警官の左すねに衝突。骨が見えそうなところまで、肉が切れる。フローは慌ててとんずら。ピート・ライアン警視が立ち上がり、手帳をめくった。「さて、イーディス。改めて、最初から聞くぞ。君はこれが友人のキックボードだと認めるんだな。では次に、もう一度証言してもらおうか。どうしてその鶏は道を渡ったんだ?」

(http://www.hashslingrz.com/ambush-rolling-aluminium)


【訳者解説】(ルビの書式は青空文庫形式)

 ピンチョン『ブリーディング・エッジ』冒頭に近い部分(二頁)に、ニューヨークの街中でキックボードに乗る子供が増えて危険だという話が出てきて、そこで「車輪の付いたアルミによる奇襲」という、いかにもピンチョンらしい奇妙なフレーズが用いられている。この短編のタイトルはそれをそのまま用いているが、内容は『BE』とは無関係。長編に登場する印象的なフレーズを一つのお題としてスピンオフ短編を作ったという、いわば大喜利的なサービスだ。
 この短編では、「鶏が道を渡ったのはどうしてか?」「反対側に行きたかったから」という定番の謎々が下敷きに使われている。日本で「パンはパンでも食べられないパンは?」「フライパン」という謎々を知らない人がいないのと同様に、英米ではこのネタを知らない人はいない。ここではそれにバリエーションが加えられている。「反対側に行きたかったから」という答えは当たり前すぎるせいで笑えるが、「キックボードの安全性を確かめたかったから」という答えは逆に、鶏にしては突飛すぎて笑える。加えて、「|わずかな資金《チキン・フィード》」という口語表現が本物の鶏《チキン》の登場を招くのも分かりやすいギャグ。訳文中、「こりゃ全然駄目だ」と訳したイーディスの言葉は、原文で "this bird just wasn't going to fly" つまり「この鳥は飛びそうにない」の意。これは「代物、変なもの」の意味で用いられたbirdという単語を使った言葉遊び。もちろん、その言葉遊びをしているのは鶏だから、二重に面白い。
 他方で、「警察官(copper)」「警視(superintendent)」「田舎(outback)」といった語彙の選択には、米国英語と異なる豪州英語に対する作者の意識が明確に見られる。「三前趾型」とは鳥の足に関して、「第一指が後ろ向きに、残り三本の指が前向きになっている」のを意味する言葉。「メカニカルトレイル」とは二輪車の操縦軸と前輪タイヤ接地点の距離を表す工学的な専門用語。一般に、メカニカルトレイルがゼロに近いと走行安定性が低くなる。冗談めいた短編にこうした専門的な術語を混ぜるのもピンチョンっぽい。研究所名の略号VDRLは通常、「性病研究所」を表すので、これもピンチョンっぽい下ネタ。
 研究所のファイルを持ち逃げし、それを公表すると脅す人物はジュリーナ・ガネッサ(Julina Ganessa)という変わった名で、ヒンズー教の神ガネーシャを連想させて思わせぶりだが、綴りを少し並べ替えるとジュリアン・アサンジ(Julian Assange)となる。言うまでもなく、ウィキリークスの創始者だ。彼はオーストラリア人。
 鶏のフローとイーディスは、ミュージシャンのフランク・ザッパ(一九四〇-九三)と一緒に仕事をした元タートルズのフローとエディを念頭に置いた命名か。

(了)

2013年9月21日土曜日

宿題の出る精神病院



ハッシュスリンガーズ・ドット・コム著 木原善彦訳

宿題の出る精神病院

 明るいけれどまったく暖かくない冬の太陽が隣家の屋根の向こうに沈もうとする頃、フルトン爺さんがストーブの薪に火を点けようと立ち上がった。孫のジョー・フルトンは爺さんに聞こえない声で「畜生」とつぶやきながら、次の宿題の山に取り掛かる。
 「今日の宿題もまた大変そうだなあ、ジョー。何か、この爺ちゃんに手伝えることがあるかい?」
 「あるかも、お爺ちゃん。今回は歴史のレポートがあるんだ。コロンブスとかマゼランみたいな冒険家がどんなふうに船の位置を確かめ、針路を決めたか。お爺ちゃん昔、海軍にいたんだよね。船長さんは船が今いる場所をどうやって知るの?」
 爺さんはマッチを擦って火口《ほくち》に火を点け、炎が上がるのを見てから肘掛け椅子にゆったりと腰掛けた。
 「うん、坊や。コロンブスは大海原で、推測航法というものを使ったんだ。船首に木切れを落として、それが船尾に達するまでの時間で速度を測る。そして針路は羅針盤で確認。一時間ごとにそのデータを航海日誌に記録する。でも、問題が一つある。空間の中で自分がいる位置を確認するには、まず時間の中での位置を確かめなければならん。緯度は簡単だが、経度を確認するには|経線儀《クロノメーター》という精密な時計が必要だ。だから彼は結局、キューバに辿り着いたとき、そこをインドと勘違いした」
 「原子力潜水艦で機関兵曹長をしとったわしみたいな人間にとって、艦の位置はもっと謎さ。初めてノーチラス号に乗ったときは、高圧送気管のメンテナンスがわしの仕事だった。航海《ナビゲーション》はもっぱら、航海士と艦長の仕事だ。艦にはトップシークレットの新型スペリー=ランド式ジャイロコンパスが備えられ、生まれたての赤ん坊みたいに大事に扱われておった。トランジスター回路と三次元姿勢保持ジャイロ。その回転するコマは地球に対してじゃなく、星に対して定位する。空気がベアリングに使われているから、いわば、コマは完全に母なる地球から切り離されているわけだ。ドイツのロケット研究が生んだ究極の製品のおかげで、艦は水温躍層のはるか下に潜っていられる。エイハブが追う鯨以外にはわしらの姿は決して見えない」
 「それが特殊任務だということはすぐに分かった。艦長と航海士がいつも交代で慣性航行装置室に入り、鍵を掛けて閉じこもっていた。水深が浅いときは、海底のテッポウエビの動きにドップラー効果が見て取れるから、速度の見当がつく。磁石を使ったコンパスは鋼鉄製の船体内では使い物にならん。だが、海軍生活の長い一等兵なら船体の温度でおおよその緯度を言い当てられた。誤差は二度ほどでな。全速力で二週間ほど進んだ後、ようやく乗組員は知った。ノーチラス号が氷の下、北極点に向かっているのを。当時の極氷は分厚かったんだぞ。だから艦は海面に出られなかった」
 「コックがだんだんと正気を失った。出すものは凍土《ツンドラ》チャウダー、白海豚《ベルーガ》ボロネーゼ、北極星《ポラリス》パストラミなんて料理。盛りつけも、田舎の|安食堂《ハッシュスリンガー》みたい。艦の食堂には「ジンバル・ロック」や「特異点」というささやきが谺《こだま》していた。そしてある日、コックが肉切り包丁を航海士の喉に突きつけるという事件が起きた」
 「航海士はいたって冷静に包丁を押しのけた。『私は|四元数《しげんすう》を使っている』。彼はただそう言って、ベーリング海《シー》ソーセージを手に、慣性航行装置室にまた閉じこもった」
 「艦長もおびえていた。しょっちゅうインターコムでオーネット・コールマンに怒鳴り散らした。フレディ・ハバードは何日も鶏みたいにギャーギャー不満を垂れてた。水兵たちは波もないのに|くらくら《ディジー》すると船酔いを訴えた。事態はさらに悪化して、ついにいきなり、みんなの体が宙に投げ出され、船体に打ちつけられた。そして赤ん坊が水栓に吸い込まれるみたいに、ブリキの亀が反時計回りに回転しだした。つまりそこが北極点。特異点さ。原子力エンジンなんて無力。艦は事象の地平面に呑み込まれていった」
 「わしらはそれから、地球の中心を通り抜けた。海流を見つけてそれに乗るのに何か月もかかった。未知の経路を使って地上に戻るとそこは、誰も見たことがないような荒海だ。近くの島の人間はそこを“|肉切り台《シャンブルズ》”と呼んどった。これがまた妙な連中でな。迷信のせいで“ウサギ”という言葉は決して口に出さない。自分らのことは“ポートランド人”と名乗っていた。まあ、そんなことはどうでもいい。わしらはとにかく地上に戻った。乗員全員に箝口令《かんこうれい》が敷かれた。とはいえ、わしが聞いた話ではあれ以来、潜水艦を使って地球の中心に秘密基地を建設する作業が進んどるらしい」
 普段の昼寝のタイミングを逃した爺さんはここで毛布を引き寄せ、まどろみだした。ジョーは必死に、まだ頭に残っている話をレポートに書き始めた。これでさすがに今回は、校長から両親に電話がかかってくることはないだろう――アスペルガーとか|注意欠陥多動障害《ADHD》とかコソコソささやくのが聞こえる電話。まるで少年にはそれが聞こえないと思っているかのように。


【訳者解説】(当ブログでは、ルビなどの書式は青空文庫形式)
これもハッシュスリンガーズ掲載の超短編。トマス・ピンチョンの小説に出て来る小ネタをうまく取り込みつつ、とぼけた語り口も面白い。超短編と言うにはあまりにも凝っているし、著者のにじみ出る知識が印象的です。


・「宿題の出る精神病院」(九月七日公開)について
 ピンチョンの『ブリーディング・エッジ』で主人公マクシーンの子供二人はクーゲルブリッツ小学校に通っている。ちなみに「クーゲルブリッツ」はドイツ語で球電の意味なので、この言葉で『逆光』を思い出すピンチョン読者も多いはず。小学校創設には、フロイトに破門された後、アメリカに渡った変わり者の精神分析医が関わっていて、彼の奇説に基づいてカリキュラムが作られているため、語り手はこの小学校を「宿題の出る精神病院」と呼んでいる(三頁)。それがこの短編のタイトル。
 「ジンバル・ロック」とは、三次元で航行する航空機や宇宙船で起こりうるトラブル。慣性航法システムのジャイロスコープにはコマのような回転体(ジンバル)が軸をずらす形で三つ用いられているが、船体・機体の回転によって三つのうち二つの軸が同一平面上に揃うと、方向や姿勢が分からなくなる。その状態がジンバル・ロックと呼ばれる(映画『アポロ13』にも、宇宙船が危うくその状態に陥りそうになる場面が描かれている)。ジンバル・ロックを防ぐのに使われる方法の一つが四つ目の数値を導入する「四元数」で、この数学的概念はピンチョンの最長作品『逆光』で重要な要素として登場する。「私は四元数を使っている」と訳した部分は、原文を直訳すると「私は四元数を使って料理している」となる。「四元数(quaternion)」は語尾の響きが「タマネギ(onion)」に似ているので、作家がそれを利用して一種の言葉遊びをしているのだろう。地球の中が空洞になっていて、南北の極点からそこに入ることができるという地球空洞説はピンチョンの作品で何度も使われている。また、経度の正確な計測のために|経線儀《クロノメーター》が用いられるというのはピンチョンの歴史大作『メイスン&ディクスン』で取り上げられる話題の一つ。
 ノーチラス号とは、米国海軍原子力潜水艦第一号の名。一九五四年進水、一九五八年に実際、北極の氷の下を進んでいる。技士・発明家のロバート・フルトン(一七六五-一八一五)が設計した世界初の潜水艦も、ジュール・ベルヌが『海底二万マイル』(一八七〇)で描いた潜水艦も名前はノーチラス号。「水温躍層」とは、ある水深で急に水温が低下する部分。「エイハブが追う鯨」というのは無論、ハーマン・メルヴィル『白鯨』への言及。「特異点」はブラックホールを作るとされる宇宙空間の仮説上の点。「事象の地平面」は簡単に言うと、ブラックホールの内部と外部を分ける境界面のこと。「ベーリング海《シー》ソーセージ」は、シーソーのように船が揺れる海域という言葉遊びか。北半球で渦が反時計回りになるというのも注意深い細部。
 この短編にはジャズミュージシャンの名がちりばめられている。オーネット・コールマン(一九三〇- )はテキサス州出身のサックス奏者。フレディ・ハバード(一九三八-二〇〇八)は、インディアナ州出身のトランペット奏者。ひょっとすると、それらに続いて用いられている「ディジー」という単語の裏に、ディジー・ガレスピー(一九一七-一九九三)も隠れているかもしれない。彼はサウスキャロライナ州出身のトランペット奏者で、ピンチョンが敬愛するチャーリー・パーカーとともに、モダン・ジャズの原型となるスタイル「ビーバップ」を築いた。
 また、ポートランドうんぬんという部分にも、知る人ぞ知るネタが埋め込まれている。イングランドのドーセット州ポートランド半島では実際、ウサギは凶兆としてタブー視されている。かつて坑道が落盤する前にウサギが穴から出て来るのが目撃されたのがこの迷信の源らしい。「肉切り台《シャンブルズ》」というのは、岩礁があって波の荒いポートランド近海のあだ名。
(了)

2013年9月20日金曜日

春の最初の日




ハッシュスリンガーズ・ドット・コム著 木原善彦訳

春の最初の日

 凍てつくような北東風が吹き、桜の花びらがキングズビア牧師館の窓の外に舞う。春が突然歩みを止め、意地の悪い冬がまた戻ってきた。ティモシー・ハーディ牧師は午前九時の天気予報をチェックしようとテレビを点けながら、今年のサクランボは駄目だろうなと考えた。
 イギリス人の大半は、毎日天気予報を見る――それが単に、その日一日、出会う人との避けがたい会話のネタを集めるだけのためだとしても。しかし、ハーディ牧師が日々儀式のように九時の天気予報をチェックするのには隠れた動機があった。BBCの予報をまめに見ている人なら、地図に表示される町がしばしば変わることに気付くかもしれない。しかし、予報地図にキングズビアが現れることの本当の意味を理解しているのは、ハーディ牧師をはじめとする一握りのMI6のエージェントだけだ。
 今日は地図に、南下する雪の記号とともにキングズビアが表示された。ハーディ牧師はその意味と指示をはっきりと理解した。昼までに列車でヒースロー空港へ行き、飛行機でスーダンの首都ハルツームへ、そこから列車でダルフールの州都ニヤラに向かい、少しだけタクシーに乗ってバプテスト派の伝道本部へ。その後、素早く目立たぬように|拷問犠牲者治療施設《アメル・センター》にあるCIA専用室に出向き、テロ容疑者に尋問。
 ハーディ牧師はこのルーティーンについて良心の呵責を覚えたことはない。海外で活動するキリスト教伝道団と諜報機関は何十年も前から深い付き合いがある。人道支援活動、愛の教義、テロと核拡散を防ぐ作戦活動。そのどれもが、|平和の礎《エルサレム》を築くという使命の一環だ。緑豊かで快適なイギリスという土地だけにその建設を限定する理由はない。
 二階に鞄を取りに行ったハーディは、館に向かって大股で歩いてくるドロシー・ブレイクの姿を見つけて密かに溜め息をついた。さっさと済ませなければ。ドロシーは三年前にこの土地にやって来たときから、彼にとってこの上なくありがたい存在だった。実質的にこの教会を切り盛りし、生け花を入れ替え、日曜の聖書朗読の輪番を決めているのは彼女だ。彼女が作るおいしい焼き菓子の屋台がなかったら、夏の慈善バザーはどうなるだろう。あれがなければ誰もバザー会場に足を運ばないのではないか。でも、彼女は時に話が長い。今はそんなことをしている場合ではない。彼は呼び鈴を鳴らされる前に玄関を開けた。
 「あら、ティム。朝早くからすみません。昨日ビンゴゲームのために作ったアーモンドスポンジケーキが少し余ったから、お裾分けしようと思って」
 「それはぜひ――今ここで一切れいただこう。ちょっと急いでいるので。ニヤラの|伝道団《ミッション》に行かなくちゃならない。飛行機に、急に空席ができたらしくて。おかげでチケットはバーゲンプライスだ。新しく作っている児童養護施設がどこまでできたか、確かめようと思ってね」と彼は口にケーキをほおばったまま言う。
 「|伝道団《ミッション》。牧師様にとって大事な|任務《ミッション》ですものね」
 「おいしいね、これ!」
 「ジョイスの店のラズベリージャムで作りました。今日はなんだか、春の空気が漂ってますよね。この後はまた、桜のカップケーキでも作ろうかと思います。召し上がっていただけないのは残念だけど」
 “春の空気”――なぜ妙なことを言うのか。凍えるような寒さだし、予報でもにわか雪があると言っていたのに。「楽観的なのはいいけれど、予報によるとまた雪の季節に逆戻りだそうだよ」
 「そう。もうすぐ春です、ティム。世界中に春が来る。新聞は“アラブの春”で持ちきりでしょう?」
 これもまた妙。今までにドロシーが話で触れたことのある情報源は、イングランド国教会が月に一度刊行している雑誌だけだった。
 「ドロシー、君が政治に興味を持っているとは知らなかった。ひょっとしてこっそりデイリー・テレグラフ紙でも読んでいるのかな?」
 「誰にだってちょっとした秘密がありますよ、ティム。私の名字のブレイクだってそうです。うちの家族は本当はアゼルバイジャンの出身で、父が移民の際に姓を変えたんです」
 「そうか。君はウェセックス地方の出身だとばかり思っていた。君が作るお菓子だってアップルケーキとか、ブラックベリークランブルとか、ドーセットノブとか……」。牧師の意識が遠のく。目の前で巨大なスポンジケーキが広い野原を漂い、頭がひどく混乱した。
 ドロシーが笑った。「伝統的な焼き菓子です。私のお気に入り。父もこれが趣味でした。他にもいろいろな料理の秘訣を教えてくれましたよ。ワイルドチェリーの種からシアン化物を抽出する方法も、その味をごまかすためにスポンジをアーモンド風味にすることも。今年の春は南からやって来るみたいですね、ティモシー。あなたがそれを目にできないのは本当に残念」

(http://www.hashslingrz.com/first-day-spring)

【訳者解説】
 hashslingrz.com は、トマス・ピンチョンの新作『ブリーディング・エッジ』(以下、『BE』と略記)刊行に合わせて作られたサイトで、作者不詳のショートショートが掲載されています。どれもピンチョン風の味わいがあり、面白いものに仕上がっています。改編・転載などに関するクリエイティブコモンズのライセンス条件が、著作者表示、非商用、条件継承ということで、本人にも日本語訳掲載を了承してもらいました。
 ルビを振りたい部分は、HTMLのルビだと環境次第で変な見え方をするので、データの使い回しがしやすいよう、青空文庫書式(例、「薔薇《ばら》、区切りが分かりにくいものは「|偏執病的《パラノイアック》」)にしています。
 ひとまず、あまり説明が必要ない短編をご紹介します。

・「春の最初の日」(九月五日公開)について
 『BE』は「二〇〇一年春の初日」という言葉で始まる(一頁)。短編タイトル「春の最初の日」はそこから取られたもの。内容は『BE』とは無関係。
 話の展開は他の作家が書いたショートショートにもありそうだが、キリスト教の伝道と諜報機関の結び付きを指摘するところ、アラブの春に言及する同時代性、スーダンの地理の具体性、シアン化物がワイルドチェリーの種から抽出できるという知る人ぞ知る化学的事実への言及などにピンチョンっぽさがうかがえる。注釈は不要かもしれないが、MI6は米国のCIAに相当する英国の諜報組織。アメル・センターという施設はスーダンに実在する。
 人名や地名にちょっとした文学的お遊びが加えられている。ウェセックスは英国の小説家・詩人の、ティモシー・ハーディならぬトマス・ハーディ(一八四〇-一九二八)が小説の舞台として描いた土地で、キングズベアもハーディの小説『テス』などに登場する架空の町。英国の詩人ウィリアム・ブレイク(一七五七-一八二七)の作品には大作『エルサレム』(一八二〇)、詩「春」などがあるが、ここではむしろ、ロンドンに実在する焼き菓子店「ブレイクのケーキ屋(Blake's Cakes)」が意識されているかもしれない。「ジョイス」もあのジェイムズ・ジョイスかも。
 ちなみに作中で言及のある「ドーセットノブ」は、ドーセット地方名物の、ドアノブほどの大きさのある乾パンみたいな食べ物。
(了)