2013年10月31日木曜日

これはゲームじゃない



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

これはゲームじゃない
(http://www.hashslingrz.com/its-not-game)

 ハーマン・ランドは駅からハンティントンビレッジへ向かって長い距離を歩きながら、裏通りにあるあの小さな店をもう一度見つけられる自信が持てずにいる。見え見えのコピー商品。ケヴィン・コスナー主演『ポストマン』。新品のDVDなのに再生ができない。安物だったら文句は言わないが、今では近所のウォルマートでもその半額で売っているDVDだ。同じ場所をぐるぐる回っていた彼は幸運にも、二周目で店を見つけた。イタリアンの総菜屋の隣。まるでわざと客に見つからないようにしているかのように、目立たない店構えだ。
 中には、店員以外誰もいない。「おたくが売ってるのは欠陥商品ですよ。これ、再生できませんでしたからね」
 店員がパッケージに目をやる。「リージョン6。中国からの輸入品ってはっきり書いてありますよね。買う前にチェックした方がいいっすよ」。そう言って、壁に貼られた、戦略ボードゲーム「リスク」に使うボードらしき地図を指差す。
 「今の話、あの地図と何か関係がある? 私をからかってるのかな」。ハーマンはいらつく。
 「うちの店は、リージョン1以外のDVDを専門に扱ってます。DVDのリージョンマップと、そこの壁に貼ってる七〇年代の『リスク スペシャルエディション』を見比べたら、リスクの六大陸とDVDのリージョン分けがぴったり重なるんです。当時は、工業が盛んになった日本がヨーロッパを征服した格好になってる。でも、まあ、構わないっすよ。はい、返金します。でも今度からは、買う前にラベルを読んでくださいね」
 ハーマンは自分のミスだったことに気付いて恥じ入りながら金を受け取る。「ありがとう。子供の頃はよくリスクをやったよ。でもすごく時間がかかる。ゲームが終わるのを見たことがない。あのゲーム盤、ずっと取っておけばよかったなあ」
 「トイ・ソルジャーって店に行ってみたらどうです? メイン通りにある、変な委託販売店。先週、あの店には天井近くまでリスクが積んでありましたよ。制作年が違うバージョンが揃えてあった。でも、店のオーナーが変人でね。『ゲームは終わらない』ってのが口癖なんです」
 ハーマンは駅に向かう途中でトイ・ソルジャーを見つけた。子供時代のノスタルジアを刺激された彼が店に入ると、挙動不審な男が棚から物を取っては大きな木箱にそれを放り込んでいる。そして、同じような木箱が床にいくつも並んでいる。
 「何かお目当ての商品でも?」
 「あなたが店のオーナー? リスクが手に入るかと思って、ここへ来たんですが。DVD屋の男から話を聞いて」
 「最近はオンラインでよく売れてます。売れたらすぐに次の商品が届く。荷物には切手も貼られていなくて、どこから届くのかも分からない。昨日も同じように荷物が届いたんですが、今回は書類と謹呈票が添えられてました。謹呈票に書いてあったのは、今のうちに手を引けというメッセージ。だから今日は大サービス。あそこの棚にあるのは、一九五七年のフランス版『世界征服』。よく見てみてください。イスラエルの国境が六日戦争後のものとぴったり一致してるんですよ」
 「それはつまり……何? 実は五七年に作ったゲームじゃないって意味?」
 「それがあなたの解釈? リスクゲームに描かれたアフリカの地域分けは、一八八五年のベルリン会議で合意されたのとほぼ同じだって知ってました? もちろんゲームの方が会議より後に作られたんだから不思議じゃないってお思いでしょうが、話はそれで終わらない。というか、むしろ、そこから重大な話が始まってるんです」
 彼はハーマンに、木でできた古いゲーム盤を見せる。板にはドイツ語で「世界征服、一七九五年」と刻まれ、ハーマンが歴史の授業で習った通りの、あるいはリスクのゲーム盤で覚えた通りの――彼は急に、それがどちらだったのか分からなくなる――アフリカ地図が記されている。そして、「ヨーロッパ征服」とフランス語で書かれた別のゲーム盤には、オーストリアとチェコスロヴァキアとポーランドが描かれている。
 「オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊する十年前に制作されたものです。ポーランドの国境だって、カーゾン線とぴったり一致する。それだけじゃない。うちに届く荷物には書類が添えられるようになった。機密書類のリークです」
 彼はフォルダーを手に取り、書類をばらまく。ニクソンがオフィスで使っていたメモ帳らしき紙に手描きされた地図には、国内の動揺が極限に達した場合の、アメリカ国土東西分割案が詳細に記されていた。見慣れない縦書きの文字を添えた地図では、モンゴルから朝鮮半島に矢印が伸びている。ロスチャイルド系列から出された手紙では、金融危機が生じた場合、EUを北・西・南の各地域に分断するアイデアが提案されている(イギリスについては言及なし)。ドン・チェイニーあるいはディック・チェリーによる署名があるメモには、アフガニスタンとイランに絡む問題の解決法として、二国を合併し、国境を北へ移すという提案が書かれている。
 「リスクのゲーム盤は世界を、方向の定まらないグラフとして描いている。領土のノードは辺で結ばれ、プレーヤーは交点の一つ一つで選択を迫られる。ゲーム盤は、起きた出来事を振り返るための分析にも使えるし、これから起きることの予測にも使える。何百年も前からエリートはこれをゲーム理論に使って、世界を分割し、再分割してきた。時々間違いが起きて、秘密の戦術があちらの世界からこちらの世界に漏れることがある。でも、ボードゲームに見せかけてあるから、普通の人にはゲームにしか見えない。でも実はゲームじゃない。これ以上にうまい偽装はないでしょうね」
 「先週には、リスクの|一人プレー《ソリティア》版が届きました。全世界郵便連合スペシャルエディション。世界全体が一つの|地域《リージョン》として青く塗られていて、それ以外の国境とか、地域分けが何もない。プレーヤーはサイコロを振って小さな内乱を起こす。ゲームの使命は内乱を鎮圧すること。でも私は今、ちょっと急いでるんです。ほら。全部持ってってください。代金は要りませんから」
 「すごいコレクションだ。これだけ揃えた人は、よっぽどこのゲームが好きなんでしょうね。でも私は一つでいいんです。こんなにたくさん、駅まで運べないし」
 「あなた、話を聞いてなかったの? まだこれをただのゲームだと思ってる? さっさと行動しないとやばいよ。あなたも、私も、他のみんなも。知らん顔してれば逃れられると思ってる?」。興奮した店主の目がほとんど眼窩から飛び出しそうになる。
 「ああ、もういいです。何も要りません」とハーマンが立ち上がる。
 「私のためとは言わない。人類のために、|一人プレー《ソリティア》版を持ってってください。リスクに終わりはない。それだけは絶対、間違いない」
 ハーマンはゲームを手に取り、店を出て、駅のある南へ向かう。そのとき、二台のトラックが止まる。車の側面には何も文字が書かれていない。球体の周りで踊る五人のメッセンジャーを描いたロゴだけ。五人のうち一人はアメリカ先住民だ。ガードマンらしき男らがヴァンから出てくる。何人かは角の向こうに回り、別の数人が店に入る。おもちゃの兵隊みたいな動きだ、とハーマンは思う。でも、あのロゴ、|一人プレー《ソリティア》版のゲームに記されていたのと同じデザインじゃなかっただろうか?


【訳者解説】
 DVDのリージョンは0(フリー)以外に、北米を中心とする1、西ヨーロッパと日本を含む2、中国全土の6などに分けられています(詳しくはウィキペディアを参照)。リスクというゲームについては、日本ではあまりなじみがない気がしますので、こちらもウィキペディアを参照してください。
 六日戦争とは、一九六七年六月の第三次中東戦争のこと。他も細々した世界史情報が織り込まれていますが、余計なお世話の気がするので説明は省きます。
 ゲームに見せかけた世界征服計画。陰謀論とゲーム。郵便システムと世界統一。これまたよくできた短編です。

(了)

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