2014年4月25日金曜日

風に吹かれる古びたゴミバケツ



風に吹かれる古びたゴミバケツ
(http://www.hashslingrz.com/ancient-trash-cans-wind)
ハッシュスリンガーズ著 藤木祥平・木原善彦訳


 いつもと同じように孫の世話を任されたフルトン爺さんは、ジョーがハロウィン用の衣装を着るのを手伝ってやった。アルミ箔で覆われ、爺さんが屋根裏で見つけてきた雑多な電子ダイヤルやメーターで飾り付けられた、二つの段ボール箱からなるロボットの仮装だ。
 「なあジョー、お前さんの衣装を見ていると一九三一年のハロウィンを思い出すよ。今でも思い出す夜だ」。フルトン爺さんはまたまた老人特有の思い出話を語りだし、ジョーはといえば二つの特大段ボールを身にまとっているせいで逃げようにも逃げられず、聞き役として捕まってしまった。
 「三一年にシカゴのとある大富豪がシカゴ美術館設立のための資金を募るためにハロウィン仮装舞踏会とコンサートを企画したんだ。会場は一八九三年にシカゴ万博で使われた現存する唯一の建物、パレス・オブ・ファイン・アーツ さ。建物も柱も彫像も見かけは立派で新古典主義的だけれども全部まがいもの、ただ正面を漆喰で塗り固めただけのものだよ。舞踏会のテーマは産業と科学で、独創的なコンサートいうことで専門家に作曲を依頼することになった。アメリカ人の作曲家、ジョージ•アンタイルがヨーロッパから帰ってきて、彼の最初にして唯一の交響曲『ロボットのための都市産業のサウンドスケープ』を書き上げたんだ。曲には伝統的なオーケストラの楽器は必要なくて、アンタイルは代わりに発明家のニコラ•テスラ と共同して一連の電子楽器の開発をしたのさ。わざわざその初演のために。彼は言った、ユニークな音楽にはユニークな楽器が必要だ、と。わしはそのときニコラ•テスラの弟子でね、電子モーターにケーブルをつける仕事をやらされていた。それで無料のチケットを手に入れたってわけさ。
 「舞踏会の夜、参加者は皆、奇抜な衣装で会場にやってきたよ。伝統的な魔女や悪魔の格好をするような大胆な奴は少なくて、ベラ・ルゴシ やボリス・カーロフ の最新の映画のキャラクター――犬歯から血を滴らせるドラキュラや首からボルトの突き出たフランケンシュタインだな――に仮装する流行好きの方が多かったね。スヴェンガーリ に仮装してた男も一人いたな。近くにきた女全員に催眠をかけようとしておったよ。予想はつくだろうがパーティーのテーマがテーマだから多くの連中は宇宙飛行士やロケット式宇宙船の格好をしていたんだ。それにあらゆる種類のロボットだ。フリッツ・ラングの『メトロポリス』 に登場したマリアみたいなアンドロイドも何人かいたね。
 「交響曲は連中がメインの展示室にごった返しているときに始まった。テスラの電気機械オーケストラはいくつかのセクションに分かれていたんだ。一つ目のセクションは鉄パイプとチューブに繋がれた蒸気エンジンから構成されていて、汽笛の音やシューッといった音を出していた。また別のセクションでは電子モーターが使われていて、ベアリングはすでに使い古されたものか、あるいはわざと古く見えるようにしてあったね。それがバランスの悪い回転式おもりに取り付けられていたんだ。モーターが回るとベアリングはブツブツ、ゴロゴロと音を立てて台の上で共鳴し、モーターの速度に合わせて盛り上がったり弱まったりして、奥行きのあるハミングをつくり出していた。東側ではベルトやカムシャフトを介してもっと多くのモーターが接続されていて、それが発振器の槌を上下に運動させ、その槌が様々な大きさの金属製や木製、プラスチック製の板を叩いていた。西側では鎖に繋がれたブロンズ製のベルが一組、鉄格子を横切る形で引きずられていてね。鎖がドラム缶の上で繰り返し絡まっては解け、まるで風に吹かれる古びたゴミバケツみたいな音を産み出していたんだよ。
 「建物の壁を背にして置いてあったのは蒸気動力の振動器で、それがあのテスラコイルなんだが、建物の自然周波数に合わせられていた。こいつらがドシン、ドーンと大きな音を出して音楽の基調音を出していたんだ。周波数がすごい低かったものだから、通り過ぎるときに大きい方を漏らしちまう参加者もいた。全てのオーケストラの機械はゴムやクロム合金を身にまとった等身大のロボットが運転していた――おそらくテスラ自身の信念である、人間の魂なんてものは外的刺激によってコントロールされる自動式ロボットに過ぎない、ということを表していたんだろうな。
 「メインホールの中心では、二十フィートあるテスラコイルの下で、タンクの中の様々な海の生き物が出す有機的な音が録音されていて、それから電子回路のバンク、フンフンと音のなる真空管、抵抗器、そして蓄電器と通過していき、その音が電磁波によって再び増幅され、建物中の拡声器に送られていくのさ。あるタンクからは、水中に放たれたメスのホルモンに発情したオスのガマアンコウ の脈打つような低い唸り声が聞こえてきた。また別のタンクはテッポウエビを収容していて、そいつらはゆっくりと餌の小魚を与えられているんだ。そいつらのでっかいはさみが閉じられ、キャビテーションによる泡が発生して打楽器的なパチンという音が出されて獲物を仕留める。そしてその音が全部、水中マイクに拾われてパーティーの連中に向けて増幅され反響していたんだ。
 「オーケストラの最後のパートは聴衆自身で、拡声マイクの拾った『ブー』や『テュッ』や『クッ』といった音をうまく曲にしていたんだ。まるでドラムやシンバルの音を模倣してるみたいだったね。ジョー、あれは確かに未来の音だったよ。
 「この話の残りの部分はお前みたいな子供にはちょっと刺激が強いかもしれんが今日はハロウィンだしな、構うもんか。ただママには喋るなよ。工場みたいな不協和音の中で皆がアルコールを飲みたくなるのはほとんど必然で、それに夜中頃にはパーティーは大いに盛り上がっていたんだ。忘れるなよジョー、この時期は禁酒法の真っ只中でみんなの奇抜な衣装には一本か二本、スコッチやウォッカを入れるための隠しポケットがあったんだが、持ってきた分はすぐに底をついちまった。酒を補充するために車が送り出されていたね。アル・カポネ の貯蔵庫はシカゴの善良な市民のための融通の利く税金還付所といったところで、今や奴はそれでムショの中だがね、ジンやウォッカ、ウィスキーが大量に到着し始めた。自由奔放な酒、交尾中の魚の匂い、テスラ振動器のほとんど原始的なハミング――当然ながら、誰もが陽気にはしゃぎだした。手はよからぬ方向へとさまよい始め、時折歓迎されては拒絶もされ、はたまた別の場所では拳が飛び交い、けんか騒ぎが勃発する。アンドロイドのマリアが二人、お互いの金属製の乳房の桁外れな大きについて侮辱し合った後、トイレでけんかしているのを見た人もいた。
 「パーティーが面白くなるにつれて――あるいは人によってはそれを下品というだろうが――雷を伴った嵐がミシガン湖に吹き荒れ始めた。テスラの機械が引き起こしたか、あるいはそれに引き寄せられたのか、それは誰にもわからんよ。どっちにしろ、巨大な稲妻を伴った雷が空から落ちてきたんだ。そいつは発電機を直撃してオーケストラの回路に無理な負荷をかけた。音量は耳がおかしくなるくらいまで跳ね上がった。悪夢だったね、まったく。みんな仰天して文字通り恐怖で凍り付いたよ。テスラ振動器は制御できないくらいに建物の骨組みを揺らして、環状のフィードバック装置も作動させることができず、漆喰のファサードは崩れだした。最悪の事態を恐れて、テスラはばかでかい主電源を引き抜いた。火花は散ったが、システムのなかにすでに莫大なエネルギーが蓄積されていたものだからもう手遅れだった。建物のファサードは崩れ落ち、まさに建物そのものが崩壊しているように見えた。パレス・オブ・アート周辺の通りは、倒れたり粉々になった女人像柱や男像柱で埋め尽くされたよ。
 「それから突然、嵐は止んだ。遠くから警察のサイレンも聞こえた。酒飲みたちはすぐにエリオット・ネス と酒類取締局の警官隊が向かってきていることに気がついた。みんな一目散に逃げ出したよ、その晩の出来事がばれないようにね。その後誰一人としてテスラの不可思議な機械をどうすべきかわからずじまいだった。今でもまだ、まさしく同じその建物にそいつはあるよ ―今はシカゴ産業博物館 というがね。これは本当の話なんだぜ、ジョー」


【訳者解説】
 時代感覚と時代錯誤、大衆文化の断片と、メカニカルなガジェットがほどよく混じった短編です。
 パレス・オブ・ファイン・アーツという建物は、現在のシカゴ科学産業博物館。ミシガン湖の近く、シカゴ南部のハイド・パーク地区にあるジャクソン・パーク内に所在。なので、この物語全体が、「あの建物が博物館になった経緯」として語られています。もちろん壮大な作り話。1893年開催のシカゴ万国博覧会において「パレス……」という名称で使われた建物。1933年のシカゴ万国博覧会期間中にシカゴ科学産業博物館として開館した。
  アンタイルは、アメリカ合衆国の作曲家・ピアニスト。最も名高い作品は、1926年の「バレエ・メカニック」。ユーチューブで聴けます。この曲において踊り子を演ずるのは機械であり、電子ブザーや航空機のプロペラといった部品が含まれ、この作品は初演において、騒動と評論家の非難を巻き起こしました。
 ニコラ・テスラは、19世紀中期から20世紀中期の電気技師、発明家。交流電流、ラジオやラジコン(無線トランスミッター)、蛍光灯、空中放電実験で有名なテスラコイルなどの多数の発明、また無線送電システム(世界システム)を提唱したことでも知られる。磁束密度の単位「テスラ」にその名を残す。ベラ・ルゴシは主にアメリカ合衆国で活動したハンガリー人俳優。『魔人ドラキュラ』(1931年)におけるドラキュラ役として有名。ボリス・カーロフは、主にアメリカで活躍した俳優。世界中の誰もが「フランケンシュタイン」と聞いて思い浮かべる、面長で頭部が平たく、額が張り出した無表情なモンスター役をユニバーサル映画『フランケンシュタイン』(1931年)で最初に演じた俳優として知られる。スヴェンガリは、ジョージ・デュ・モーリアによる1894年の小説『トリルビー』に登場する催眠術師。『メトロポリス』はフリッツ・ラング監督によって1926年(大正15年)製作、1927年に公開されたモノクロサイレント映画で、ヴァイマル共和政時代に製作されたドイツ映画。SF映画に必要な要素が全てちりばめられており「SF映画の原点にして頂点」と称される。これらはピンチョンの作品を読んでいる人にはおなじみだと思います。

 ガマアンコウと訳した魚は、正確にはガマアンコウ科に属するPorichthys notatusのことでplainfin midshipmanという名でも呼ばれる。求愛を行う際に鳴き声を発することで有名。鳴き声はhttp://jp.sciencenewsline.com/articles/2013103019329000.htmlで聞くことができます。
 テッポウエビがはさみを急に閉じることで特殊な泡を発生させ、衝撃波で獲物を仕留めるという話も本当の話で面白い。参考までに詳しいホームページはこちら
 アル・カポネは言わずとしれたアメリカのギャング。彼を逮捕したのがエリオット・ネス。ネスはFBIではなくて、財務省の酒類取締局(Bureau of Prohibition)の捜査官でした。
 そうそう、ちなみに途中で、みんなが「『ブー』や『テュッ』や『クッ』といった音」でパーカッションをする部分がありますが、ここは故意の時代錯誤。ヒューマンビートボクサーのDaichiさんがこちらのビデオでボイスパーカッションの最初の練習法を紹介されていますが、「ブーツカット」と発音するのが第一歩らしい。「『ブー』や『テュッ』や『クッ』」というのはまさにその音のこと。だから、「未来の音」というのは、現在の私たちの知るボーカルパーカッションの流行のことです。

注を付けだしたら切りがないですね。

(了)


2014年4月17日木曜日

厄介な質問

厄介な質問
(http://www.hashslingrz.com/awkward-question)


ハッシュスリンガーズ著 佐野知足・木原善彦訳


 夏のカラカラした暑さが嘘のように、夕方には湿った暖かさを残して雨は北の丘陵へ去っていった。ダマスカスの陥落から一か月も経たぬうちに多くのことが変わった。まずオスマン帝国との休戦協定が結ばれ、次いでドイツとの休戦協定で話題は持ちきりである。ベルリンでは革命が政権を制し、皇帝はオランダへ亡命し、ロレンス中佐はロンドンに戻っていった。キャベンディッシュ=メドウズ大佐とシャリーフ軍の砂漠での奮闘はほぼ終わりかけていたが、まだ戦闘中のハーシム家の兄弟たちを残して去るわけにはいかなかった。ダマスカスという町では、まだ何が起きるかわからない。
 「あぁ、この不潔なヴィクトリアホテルは退屈すぎて耐えられないよ。オマール君、バルジールレストランで川を臨んでディナーなんてどうだい」と、いつも冒険をご所望のキャベンディッシュは言った。
 「我が友よ、我々はアルカバからダマスカスまで砂漠の長い旅路を共にしてきた。タファスのいたる廃墟で切断された遺体を目撃し、死にゆく子供たちを腕の中で看取ってきた。その血が砂漠の砂に染み込み冷たくなるまでトルコ人を銃と剣で八つ裂きにした。そして我々は共にダマスカス――アラブ国民の新しい首都――を陥落させた。我々が歴史を作った。今夜は銃を休め、ちゃんとした夕食を共にすることが私の至高の喜びだ」
 バルジールはお客で溢れかえっていたが、ウェイターが店の奥の方の小さなテーブルに彼らを案内した。アヤメの模様が描かれた分厚い革製のメニューを手渡され、キャベンディッシュとオマールはそれに注意深く目を通した。このようなかたちでの夕食は、アルカバからメディナにかけて数多くの勝利を経て、やっと辿りついたダマスカスで初めてのことであった。
 「キャベンディッシュ、ラタトゥイユ・プロヴァンスとは何だ」
 「ガーリックとオリーブオイルで野菜をソテーにしたプロヴァンス地方の郷土料理さ。南フランスはこの時期実に美しい。もっとも、もし君に行く機会があるのならば、私は夏に行くことをお勧めするがね。夏の南フランスはラベンダーの香りに包まれ、一面に紫色をした野原が広がっているんだ」
 「アラブの勝利の日にフランス料理はごめんだ」
 「じゃあ、それはまた来たときにでも頼みたまえ。君はきっとフランス人が作るものを気に入るよ。でも、今夜は違うものを食べることにしよう」
 「ココヴァン、エスカルゴ、コンフィート・デ・カナード…ここにはフランス料理しかないのか?」オマールは次第に不機嫌になって、ウェイターを大声で呼びつけた。「このメニューの意味を説明しろ。ここはパリじゃないんだぞ」
 「何か問題でもございましたか、お客様」
 「オマール君、ここは私に任せてくれ。駆け引きはイギリス人の得意とすることろだから。私からちゃんと言って聞かせよう」。キャベンディッシュは斜め後ろのウェイターに向き直った。「すまないが、君《ギャルソン》。我が友人は自転車に乗った玉ねぎ売りの料理は食べたくないらしいのだが、私の言っている意味がわかってもらえるかな?」
  「もちろんです、お客様。我々はすべてのお客様にご満足いただけるようメニューに載せていないものも含め、世界中のあらゆる料理を取り揃えております。今夜のオススメはペスチェ・アラ・ピッツァイオーラでございます。」
 「イタリア産のメカジキかね」
 「そうでございます。こちらはイタリア人のお客様にも気に入って頂けました。もっとも、その客様はお料理の"分け前"をご所望なさっていたのですが、この場合"分け前"の意味が曖昧でして、おかげで少々混乱を招いてしまいました 」
 「メカジキが友人の意向に沿うとは思えないね。他に何かあるかね」
 「では、ウォルドーフサラダはいかがでしょう。こちらはアメリカ航海部局のお客様に大変気に入って頂きまして、海兵の方々がこれを求めてはるばる陸地に上がってくるほどです」
 「ばかばかしい。行方の分からなくなった当番兵をアメリカ海軍情報局の連中が探すなんて。なんせ彼らはオックスブリッジをイギリスにある村だと思っているくらいだからね。今夜はサラダの気分ではないんだ」
 「それではゲフィルトフィッシュのホースラディッシュ添えはいかがでしょう。こちらは香り高く……」
 「アラブの反旗が600年に渡るオスマントルコの支配に打ち勝った日にユダヤ人の料理を食えっていうのか!」。オマールは怒気をはらんだ声を上げた。
 「先日ドイツ人のお客様がいらした際に、将来多くのユダヤ人のお客様が来られることを予測して、ゲフィルトフィッシュなどの他の興味深い料理を用意してはどうか、とご意見を頂きまして。おかしなことに、そのお客様はユダヤ料理が特別好きな様子でもなかったのですが、きっと誰か他の方のためにそう言ってきたのでしょう」
 隣の席に座っている顔に痘痕のある男が、今しがた巻いたばかりのタバコをテーブルに置くと、オマールの方に体を傾けてきた。男の息からはトルコ産タバコの強烈な臭いがした。「同志よ、お前さんはヨーロッパのもんを口にしたくないようだからアドバイスさせてくれ。ニシンのサラダ《セリョートカ・パト・シューバイ》なんてどうだい。フランス人はメニューを勝手にいじるばかりだが、モスクワ人は現物をもってくる点で信用できる」
 キャベンディッシュが手を上げて男を制した。「横から口出ししないで頂きたい。我々はどの役割をフランスに果たしてもらうかという点も含め、互いの利益を調整した末の非常に慎重な合意に達しようとしているのです。あなたに邪魔されることなく、ね」。明らかに、ここから先はロシア人に口を挟ませないという態度だ。
 ダマスカスは果たして望んだ通りのものなのだろうか、ここにきて初めて、そんな疑問がオマールに思い浮かんだ。「キャベンディッシュ、今日は我々が砂漠の地で誓い合った義兄弟の契りを祝おう。我々はオスマン人を打破し、ダマスカスに辿り着いたのだ。今は我々の勝利を簡単なアラブの食べ物で祝おうじゃないか。ファタールにフムス、あと少しのヨーグルトがあれば十分だ」
 「我が遊牧の戦士よ、私を信じてくれ。君は不毛の砂漠でわずかな食べ物を見つけ生きる魔術師のような人だ。しかし都市の生活とは複雑なものなんだ。だから、君はやはりフランス料理を食べるべきだ。メニューにあるものから選びたまえ。今は余計なことを言わない方がいい」
 ロシア人がオマールの方を向いて、耳元で囁いた。「おまえさんはもうサイクス・ピコ協定についてそのイギリス人のご友人とは話し合ったのかい? これはなかなか厄介な質問だからね、今夜は尋ねないほうがいいかもしれない。だけど、いつかは必ず訊いてみるんだな。メニューに載っているのが本当は何か、ってね。わしは毎晩ここで夕食をとっているから、おまえさんがここで出されるものを気に入るかどうかは知らんが、話したくなったらいつでも来るがいい」


【訳者解説】
 久しぶりに、ハッシュスリンガーズの短編の翻訳を掲載します。二〇一四年四月から始まった新しい授業で、翻訳の実践として受講生(院生)に翻訳してもらい、それに木原が手を入れる形で、ここに掲載します。誤字、誤訳などは木原の責任です。

 世界史に関連する部分がかなり重要なので、少し説明を。
 最後の方に言及があるサイクス・ピコ協定は、第一次世界大戦中の一九一六年五月十六日にイギリス、フランス、ロシアの間で結ばれたオスマン帝国領の分割を約した秘密協定。これが分からないと話のポイントが見えてきません。アラブ人がオスマントルコを打ち負かして自分たちの国を作るはずが、英仏露の秘密協定でそれを裏切られる(そしてロシアの革命政府が秘密を暴く)という歴史の筋書きをレストランの風景が再現しています。「遠からず、ユダヤ人がたくさん中東に来る」とドイツ人が予言するのも皮肉がきいています。
 (ちなみに私はどこかで、「911の同時多発テロはサイクス・ピコ協定のバックラッシュだ」という発言を見かけたことがあります。)

 最初の方に登場するロレンスは、映画『アラビアのロレンス』のロレンス。
料理名は注を付けていませんが、たとえば、ロシア料理の「ニシンのサラダ」は東欧料理の店のHP(http://www.hotpepper.jp/strJ000010375/)などで写真を見られます。
ウォルドーフサラダ」はウィキペディアに説明あり。
ゲフィルトフィッシュ」はユダヤ料理におけるかまぼこみたいなものです。

(了)




2013年11月7日木曜日

もう一つの、もっと輝かしい世界



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

もう一つの、もっと輝かしい世界
(http://www.hashslingrz.com/other-brighter-world)

 『アーカンソー・ヘラルド』紙の新米記者カルヴィン・ゼファームはさまざまな仕事を任されていたが、その内容は一言で説明できた。要は、ベテラン記者が嫌がった全ての取材ということだ。今週任されたのは、現在カナダからアーカンソーに来ている竜巻追跡人ルービン・エイサーの特集記事。ホワイトウォーター疑惑を暴いた記事みたいなスクープとは大違い。しかし、今年は例年よりも竜巻の数が急激に増えているから、カルヴィンの記事が話題になる可能性もなくはない。
 カナダ人らしく几帳面なルービンは、ミラー郡のトウモロコシ畑で要領よく気象観測用気球を組み立てながら、大気の仕組みをカルヴィンに説明した。
 「地球の気候は不可逆過程だが、均衡が取れている。低エントロピーの太陽からの、エネルギーに満ちた放射熱が地球を温め、私たちが“天気”と呼んでいる巨大な熱機関を駆動し、赤道付近の大気を極付近へ、地面近くの大気を上層へと動かす。宇宙にあるものはすべて、熱力学の法則に従わなければならない。気候機関内の乱流は大きなエントロピーを生む。地球はその均衡を保つため、波長の長い高エントロピー放射を宇宙に向けて放つ。今年は例年になく強烈な竜巻がたくさん発生している。通常と逆向きに回転するこれらの発作的混沌は、世界が変容したことを示している。人類が引き起こした大気汚染がエントロピーの均衡を乱してしまったということだ。最終的にこれがどんな結果を招くかは誰にも分からない」
 彼がそう言う間にも、つい先ほどまで晴れ渡っていた青空がにわかに暗くなった。雷が鳴り、周囲を稲妻が囲んだ。突然、巨大な竜巻が発生した。直径おそらく一マイルはあろうかという渦がうなり、耳障りな轟音が回転しながら彼らに迫った。
 「竜巻だ、竜巻だ! 真っ直ぐこっちに向かってくる。あなたみたいなカナダ人は大丈夫でしょうが、私らには無料の医療保険がないんですよ」。カルヴィンは切羽詰まった悲鳴を上げる。
 「竜巻の風はそれ自体ではさほど危険じゃない。ウェストにこの紐を巻くんだ。いろいろな物が渦巻いている高さを超えて、竜巻の速度とシンクロすればもう大丈夫。上空に行くにつれて寒くはなるけれど――この帽子をかぶりなさい」。そう言って手渡した毛編みの赤い帽子には当然のように白いカエデの葉のマークが記してある。まるでそれが危険を寄せつけないためのお守りであるかのように。
 二人が綱を体にくくった途端、気球が激しく不安定な円を描きながら上昇を始めた。ちょうどカルヴィンの気が遠くなってきたとき、突然回転が止まり、周囲の空気が静かになった。二人は直径わずか一ヤードしかない竜巻の目に入ったようだ。ルービンはまるでそれが日常茶飯事であるかのように、ラジオゾンデのディスプレーを片手でつかみ、反対の手でベルトからクリップボードを取り出して、グラフに点を打ち始めた。
 「この竜巻はすごいな。ハリケーンの場合と違って、竜巻が安定した目を持つことは非常に珍しい。しかし、それよりさらに信じがたいのは……この|断熱図《テヒグラム》を見なさい。本当に独特だ」。彼はグラフを四十五度傾けた。すると、点を結んだ線がほとんど垂直になる。「断熱図をこの角度に傾けると、エントロピーの軸が縦になる。私たちが上昇する間に、中心部のエントロピーがとんでもない速度で低下しつつある。通常のエントロピーを完全に反転させた形だ。まるで竜巻がマクスウェルの魔物そのものになったみたいだ」
 「すみません。地面を離れた段階からお話について行けてません。数学とか理論とかが苦手なもので。でも、あの虹の向こうに見える物はいったい何? あの、空が真っ青に見えるところの?」。カルヴィンは竜巻の目が広がり、色とカーブが逆転した“逆さ虹”が見えている部分を指差した。そこはまるで、もう一つの、もっと輝かしい世界から照らされているかのように、まばゆい青の光に囲まれていた。
 気球が上昇するにつれ、徐々に大きく見えてきたのはドイツ空軍の飛行船だった。側面には鉄十字のマーク、四機のエンジンを備え、前方に司令用のゴンドラがある。竜巻からの空気の流れが彼らを飛行船へ近づけ、やがて乗組員の姿も確認できるほど接近した。制服を着、|角兜《つのかぶと》をかぶった乗員が彼らに機関銃を向けた。
 「ラジオゾンデの計測によるとエントロピーが劇的に低下している。これはつまり、不可逆なはずの熱力学的過程が逆行しているということだ。私たちの目の前で今、ロシュミットの逆説が起きている。竜巻の巨大な回転が時間の矢を逆転させたのだ。ひょっとしたら過去からの時間旅行者もいるかもしれない」
 「え? それはつまり、あそこに飛んでいるのが過去の世界から時間に逆行して吸い寄せられた本物のドイツ空軍の飛行船だってこと? そんな訳の分からない、非論理的な話は今までに聞いたことがない」
 「逆説というのは、筋が通らないから逆説なんだよ。私にもはっきり理解できているわけじゃないが、とにかく、もうここはアーカンソーじゃないみたいだぞ」

続く……



【訳者解説】
 エントロピー、竜巻、時間旅行、飛行船、虹、ドイツ。
 ホワイトウォーター疑惑とは、クリントン元大統領がアーカンソー州知事だったときの政治資金をめぐる疑惑。断熱図《エヒグラム》は、横軸に温度、縦軸に温位の対数を取り、等圧線、飽和断熱線、等飽混合比線が引かれたグラフで、大気の様子の垂直変化を示すもの(添えられた写真中央のグラフがそれ)。ローシュミットの逆説とは、エントロピーが不可逆に増大するとする熱力学の第二法則に関して、「時間対称的な力学から不可逆過程が導かれるはずがないので、どこかに間違いがあるはずだ」という反論のこと。逆さ虹は「環天頂アーク」とも呼ばれ、ネット上できれいな写真をいくつも見られます。マクスウェルの魔物(悪魔、魔)、エントロピーなどはピンチョンの読者ならなじみがあるはず。『競売ナンバー49』の中にも説明があります。
 カルヴィンの名は絶対温度を表す単位のケルヴィンとかかっているかも。ゼファーム(Zephirm)の中にも西風(Zephyr)が隠れているかも。ルービン・エイサーの名前も何かありそうですが不明。
 訳文中の「鉄十字」は「鉤十字」の間違いではありません。
 締めくくりの台詞は、ピンチョンお気に入りの『オズの魔法使い』のドロシーの言葉「トト、ここはカンザスじゃないみたいよ」(『重力の虹』にも引用されている)のもじり。最後の最後の「続く……」は、本当に続くのかどうか不明(冗談?)。

(了)

2013年10月31日木曜日

これはゲームじゃない



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

これはゲームじゃない
(http://www.hashslingrz.com/its-not-game)

 ハーマン・ランドは駅からハンティントンビレッジへ向かって長い距離を歩きながら、裏通りにあるあの小さな店をもう一度見つけられる自信が持てずにいる。見え見えのコピー商品。ケヴィン・コスナー主演『ポストマン』。新品のDVDなのに再生ができない。安物だったら文句は言わないが、今では近所のウォルマートでもその半額で売っているDVDだ。同じ場所をぐるぐる回っていた彼は幸運にも、二周目で店を見つけた。イタリアンの総菜屋の隣。まるでわざと客に見つからないようにしているかのように、目立たない店構えだ。
 中には、店員以外誰もいない。「おたくが売ってるのは欠陥商品ですよ。これ、再生できませんでしたからね」
 店員がパッケージに目をやる。「リージョン6。中国からの輸入品ってはっきり書いてありますよね。買う前にチェックした方がいいっすよ」。そう言って、壁に貼られた、戦略ボードゲーム「リスク」に使うボードらしき地図を指差す。
 「今の話、あの地図と何か関係がある? 私をからかってるのかな」。ハーマンはいらつく。
 「うちの店は、リージョン1以外のDVDを専門に扱ってます。DVDのリージョンマップと、そこの壁に貼ってる七〇年代の『リスク スペシャルエディション』を見比べたら、リスクの六大陸とDVDのリージョン分けがぴったり重なるんです。当時は、工業が盛んになった日本がヨーロッパを征服した格好になってる。でも、まあ、構わないっすよ。はい、返金します。でも今度からは、買う前にラベルを読んでくださいね」
 ハーマンは自分のミスだったことに気付いて恥じ入りながら金を受け取る。「ありがとう。子供の頃はよくリスクをやったよ。でもすごく時間がかかる。ゲームが終わるのを見たことがない。あのゲーム盤、ずっと取っておけばよかったなあ」
 「トイ・ソルジャーって店に行ってみたらどうです? メイン通りにある、変な委託販売店。先週、あの店には天井近くまでリスクが積んでありましたよ。制作年が違うバージョンが揃えてあった。でも、店のオーナーが変人でね。『ゲームは終わらない』ってのが口癖なんです」
 ハーマンは駅に向かう途中でトイ・ソルジャーを見つけた。子供時代のノスタルジアを刺激された彼が店に入ると、挙動不審な男が棚から物を取っては大きな木箱にそれを放り込んでいる。そして、同じような木箱が床にいくつも並んでいる。
 「何かお目当ての商品でも?」
 「あなたが店のオーナー? リスクが手に入るかと思って、ここへ来たんですが。DVD屋の男から話を聞いて」
 「最近はオンラインでよく売れてます。売れたらすぐに次の商品が届く。荷物には切手も貼られていなくて、どこから届くのかも分からない。昨日も同じように荷物が届いたんですが、今回は書類と謹呈票が添えられてました。謹呈票に書いてあったのは、今のうちに手を引けというメッセージ。だから今日は大サービス。あそこの棚にあるのは、一九五七年のフランス版『世界征服』。よく見てみてください。イスラエルの国境が六日戦争後のものとぴったり一致してるんですよ」
 「それはつまり……何? 実は五七年に作ったゲームじゃないって意味?」
 「それがあなたの解釈? リスクゲームに描かれたアフリカの地域分けは、一八八五年のベルリン会議で合意されたのとほぼ同じだって知ってました? もちろんゲームの方が会議より後に作られたんだから不思議じゃないってお思いでしょうが、話はそれで終わらない。というか、むしろ、そこから重大な話が始まってるんです」
 彼はハーマンに、木でできた古いゲーム盤を見せる。板にはドイツ語で「世界征服、一七九五年」と刻まれ、ハーマンが歴史の授業で習った通りの、あるいはリスクのゲーム盤で覚えた通りの――彼は急に、それがどちらだったのか分からなくなる――アフリカ地図が記されている。そして、「ヨーロッパ征服」とフランス語で書かれた別のゲーム盤には、オーストリアとチェコスロヴァキアとポーランドが描かれている。
 「オーストリア=ハンガリー帝国が崩壊する十年前に制作されたものです。ポーランドの国境だって、カーゾン線とぴったり一致する。それだけじゃない。うちに届く荷物には書類が添えられるようになった。機密書類のリークです」
 彼はフォルダーを手に取り、書類をばらまく。ニクソンがオフィスで使っていたメモ帳らしき紙に手描きされた地図には、国内の動揺が極限に達した場合の、アメリカ国土東西分割案が詳細に記されていた。見慣れない縦書きの文字を添えた地図では、モンゴルから朝鮮半島に矢印が伸びている。ロスチャイルド系列から出された手紙では、金融危機が生じた場合、EUを北・西・南の各地域に分断するアイデアが提案されている(イギリスについては言及なし)。ドン・チェイニーあるいはディック・チェリーによる署名があるメモには、アフガニスタンとイランに絡む問題の解決法として、二国を合併し、国境を北へ移すという提案が書かれている。
 「リスクのゲーム盤は世界を、方向の定まらないグラフとして描いている。領土のノードは辺で結ばれ、プレーヤーは交点の一つ一つで選択を迫られる。ゲーム盤は、起きた出来事を振り返るための分析にも使えるし、これから起きることの予測にも使える。何百年も前からエリートはこれをゲーム理論に使って、世界を分割し、再分割してきた。時々間違いが起きて、秘密の戦術があちらの世界からこちらの世界に漏れることがある。でも、ボードゲームに見せかけてあるから、普通の人にはゲームにしか見えない。でも実はゲームじゃない。これ以上にうまい偽装はないでしょうね」
 「先週には、リスクの|一人プレー《ソリティア》版が届きました。全世界郵便連合スペシャルエディション。世界全体が一つの|地域《リージョン》として青く塗られていて、それ以外の国境とか、地域分けが何もない。プレーヤーはサイコロを振って小さな内乱を起こす。ゲームの使命は内乱を鎮圧すること。でも私は今、ちょっと急いでるんです。ほら。全部持ってってください。代金は要りませんから」
 「すごいコレクションだ。これだけ揃えた人は、よっぽどこのゲームが好きなんでしょうね。でも私は一つでいいんです。こんなにたくさん、駅まで運べないし」
 「あなた、話を聞いてなかったの? まだこれをただのゲームだと思ってる? さっさと行動しないとやばいよ。あなたも、私も、他のみんなも。知らん顔してれば逃れられると思ってる?」。興奮した店主の目がほとんど眼窩から飛び出しそうになる。
 「ああ、もういいです。何も要りません」とハーマンが立ち上がる。
 「私のためとは言わない。人類のために、|一人プレー《ソリティア》版を持ってってください。リスクに終わりはない。それだけは絶対、間違いない」
 ハーマンはゲームを手に取り、店を出て、駅のある南へ向かう。そのとき、二台のトラックが止まる。車の側面には何も文字が書かれていない。球体の周りで踊る五人のメッセンジャーを描いたロゴだけ。五人のうち一人はアメリカ先住民だ。ガードマンらしき男らがヴァンから出てくる。何人かは角の向こうに回り、別の数人が店に入る。おもちゃの兵隊みたいな動きだ、とハーマンは思う。でも、あのロゴ、|一人プレー《ソリティア》版のゲームに記されていたのと同じデザインじゃなかっただろうか?


【訳者解説】
 DVDのリージョンは0(フリー)以外に、北米を中心とする1、西ヨーロッパと日本を含む2、中国全土の6などに分けられています(詳しくはウィキペディアを参照)。リスクというゲームについては、日本ではあまりなじみがない気がしますので、こちらもウィキペディアを参照してください。
 六日戦争とは、一九六七年六月の第三次中東戦争のこと。他も細々した世界史情報が織り込まれていますが、余計なお世話の気がするので説明は省きます。
 ゲームに見せかけた世界征服計画。陰謀論とゲーム。郵便システムと世界統一。これまたよくできた短編です。

(了)

2013年10月23日水曜日

オフィスから私用電話



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳
(http://www.hashslingrz.com/abusing-office-phone)

オフィスから私用電話

 かつてはオーガスタが職場で大事にされた時期もあった。子供たちが生まれる前、産休を取る前、苛烈な離婚の前のことだ。夫は結婚前取り決め書を偽造して不相応な財産を分捕り、残された金もすべて、親権争いのために雇った弁護士どもに持って行かれた。だから元夫が今、ニューヨーク証券取引所の総合指数が一万を超えるのを眺めながら、自分の持つ株式売買選択権ににやついている一方で、オーガスタは短期契約の仕事で食いつなぐ有様だった。人生のどん底。彼女は結局、元夫が作ったいちばん新しいIT会社に雇われ、誰もやりたがらないテストを山ほど引き受ける羽目になった。同僚は皆、成人したばかりでニキビだらけの男たち。何も知らないくせに、何でも知ったかぶりをする連中。職場に一人だけ女が混じると、スケベな夢想の種にするか、あるいはオーガスタの年齢に近づくと、ここぞとばかりに性差別と年齢差別の標的にするようなやつら。でも今日が最後。だから、オーガスタはあるいたずらを計画していた。
 「やあ、おばあちゃん、机の上にあるその妙ちくりんな道具は何だい?」 はいはい、リック。いつものように挑発的なご挨拶だわね、とオーガスタは思った。
 「VAXクラスターで動くARM11のチップ。OSはBLISS、FORTRAN、ADAのコンパイラを使ったVMS。共通言語環境がターゲットよ。今作ってるのはまだプロトタイプだけど」
 「はあ? 古くさ。コンピュータはどこで習ったの? 石器時代?」
 「履歴書に書いた通り。ノースヨークシャーのハロゲート。つまりイギリスよ、リック」
 「はあ? エゲレス? やっぱ石器時代じゃん。博物館行きって感じだね。もうすぐ、新しいインターネット・ホスティング・サービスに使うためのブレードサーバーがいっぱい届くから、さっさとそこを空けといてくれるかな、おばあちゃん」
 「すぐに終わるわ、ニック。今、もうこれで最後だから」
 オーガスタはモデムを電話のジャックにつないだ。
 「何やってんの。それ電話をつなぐところだぜ。ネットワークコンセントは机の下」
 「ありがとう、リック」
 彼は本日三杯目のモカ・フラペチーノを飲みに、オフィスの休憩コーナーに消えた。
 しかし、オーガスタが必要としていたのは、まさに旧式の電話通信サービスだった。時は二〇〇七年。本当に大事なものはVMSで動いている。証券取引、航空機の管制システム、郵便サービス、国税局、国家安全保障局、銀行とATM。基本的には重要なもののすべてだ。なぜなら、|コンピュータ緊急対応チーム《CERT》が報告するVMSのセキュリティー問題一件に対して、Linux なら二十件、Windows なら三十件の問題があるからだ。
 とはいえ、エシュロン《ECHELON》設計の中心メンバーで、監視プログラムSILKWORTHを一人で作ったオーガスタにとって、セキュリティは相対的な尺度でしかない。そうした最重要システムの多くに、とっくに忘れ去られた通信プロトコル X.25 DTE がまだ残っているのを彼女は知っている――使われないまま、そしておそらく誰にも愛されないまま、オーガスタを待つプロトコル。まずはJANETを呼び出す。簡単に侵入。アカウントはいまだに有効。パスワードの変更もなし。コマンドラインで向こうにバッファオーバーフローを引き起こし、スタックを詰まらせる。FINGERでリモートのホストコンピュータを調べれば、SYSPRVはちょろい。あとはXOTのトンネルを使ってアビリーンを経由(船が揺れますので席をお立ちにならないでください)。DNICSを二つほど抜ければ、ウェルズ・ファーゴ銀行。
 「なあ、オーガスタ。まだオフィスで私用電話してんの?」。リックが戻ってきた。山羊髭からスニーカーにモカがしたたっている。
 「すぐに終わるわよ」
 「あんた本当は、何年も前に終わってるけどな。俺らはAjaxを使ってきびきび仕事してる。きっとあんたにとっては、エイジャックスはバスルーム用洗剤の名前、きびきびといえばラジオ体操なんだろうなあ」
 「あなたって面白い人ね、リック」
 交換仮想回線確立。口座にアクセス。ケイマン諸島に送金完了。ふう。元夫のビジネスには多大なベンチャーキャピタルが投下されているから、この金がなくなっていることに誰かが気付くのは遠い未来になるだろう。仮に気付いたとしても、巧妙に隠蔽された金の動きはこの新設企業のオフィスまでしかたどれない。監査人はたぶん、このIT会社もまた経営が危ないと思うだけだ。
 「そこにいる高齢者のお方、サーバーが届きましたよ。そこ、ちょっと邪魔なんですけど」
 「いいわよ。もう終わった。リック、あなたの言う通り。もう切らなきゃね。仕事も終わったし。引退して、カリブ海にあるどこかの島に行くことにするわ」

【訳者解説】
 今回の短編はやたらにネット関係の難しい語が出て来るので、訳の正確さに自信が持てません。その方面に詳しい方はぜひ原文をご参照ください。ネット監視システム、エシュロンは説明不要でしょうか。ちなみに、「オフィスから私用電話」というフレーズは、ピンチョン『ブリーディング・エッジ』の5頁で、主人公マクシーンがオフィスに出勤したら、受付の女の人が私用電話を掛けているという場面に登場します。
 ついでにコマーシャルをすると、来月(11月6日)発売の文芸誌『新潮』に『ブリーディング・エッジ』の書評を書きました。書評といっても半分は新作発売までのいろいろな動向(一月に新作発売の噂が流れてからの動き)で、残り半分が新作紹介という感じです。乞うご期待。
(了)

2013年10月16日水曜日

政治と散文



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

政治と散文
(http://www.hashslingrz.com/politics-and-prose)

 英國に戻ったメイスンとディクスンはチェシャー・|乾酪《チーズ》|旅籠《タヴァーン》に宿を取った。二人が或る晩、ドミノをやりながら黒麦酒と雲雀《ヒバリ》入りの布甸《プディング》の夕食を楽しんでいると、偶然そこへマスクライン牧師が現れた。王立協会の集まりに参加するために倫敦《ロンドン》へ来たに違いない。
 「チャールズ君、ジェレマイア君、これは驚いた。君たちがそろそろ植民地から戻るという話は聞いていたが、まさかこの旅籠にいるとは。王立協会でも汝らの測量は大層な噂になっていた。ぜひここで、土産話と将来の計画を聞かせてはもらえないだろうか」
 マスクラインが姿を見せてからずっと苛ついた表情を見せていたメイスンが不意に、律動的《リズミカル》な口調で詩を詠み始めた。

夏の花は枯れ、死す
苗木に水をやれ
豊かな胸は子供らを養う

 「メイスン殿は愛妻レベッカさんの死に大層胸を痛めておられる」とジェレマイアが説明した。「傷心の治療として、旅先で東洋の専門家が勧めた方法として、メイスン殿は今、人生の両極のバランスを整えようと試みているところ。散文詩のみを口にすることで、熱さと冷たさ、光と闇、生と死などなどのバランスを整えるのです」
 「それはまた変わった治療だ。先の朗唱には確かに面喰らった。だが、ジェレマイア君、私が麦酒をご馳走になる間、汝らが植民地でいかなる知識を得たか、聞かせてはもらえないか? ぜひとも旅の話をお聞かせ願いたい。これ、よろしいかな?」。牧師はそう言いながら、麦酒の大容器《ピッチャー》に手を伸ばした。
 「どうぞご自由に、牧師殿。わしは実際、多くのことを学びました。より正しい座標を地球に描く方法を今、論文にまとめているところです。ヴァージニアで木の下に座っていたとき、林檎が頭に落ちてきました。皮を剥こうとナイフを手に取った瞬間、閃いたのです。赤道上の一点から一定の角度で或る距離を取れば、地球上の任意の点に到達できる。そのときをきっかけに、わしは緯度と経度という概念を完全に放棄しました。わしは今では、地上のすべての点を赤道上にある原点からの角度と距離によって定めています」

月球、はるかなり
道を定める地図
時の手は嘘をつかざり

「ジェレマイア君、その考え方は随分と道を外れているよ」。牧師はメイスンの発言を無視し、雲雀の布甸を口に入れた。「第一に、グリニッジから南に線を引いて赤道と交わる場所は海のど真ん中で、計測に便利な起点とはなり得ない。第二に、その角度とやらが規定する等角航路は極に無限に近づく渦巻き線になる。まさに航程線だよ」
 「失礼ですが、私の理論では、グリニッジは真の起源から外れた一つの点に過ぎません。地球の起源はエデンの園、あらゆる生命の源を原点として定めるべきというのが私の信念です。神はそれを赤道上の、アビシニアの何処《いずこ》かに置かれた。私の方式は、船乗りの間で堕落の中心として名高い土地ではなく、神の図面に基づいて規定されているのです」

「大洋に失われた哀れな魂は
時計に時を見いだす
そして特定される現在地」

 「ジェレマイア君、人類の起源が阿弗利加《アフリカ》にある、あの野蛮な大陸、異教徒の暮らす大地にあるなどと言うのは狂気ですぞ。済まぬがその麦酒をもう少しこちらへ回してもらえぬか。どうやらその林檎は随分と重量があって、かなりの重力でもっておつむに当たってしまったようにお見受けする」
 「欧州以外の土地に住む異教徒たる先住民の存在に目をつぶるのが世の流儀のようですね。しかし私は知りました。亜米利加大陸の先住民は人類の中で最初に阿弗利加を離れた集団なのです。彼らは航程線に沿って蒙古の草原を横切り、北極にたどり着いた。すべての航程線はそこに至るからです。その後、彼らは数学的にありえないと思われる芸当を成し遂げ――恐らくは第四の次元を通って――亜米利加大陸に渡った。“野蛮人”と蔑まれている彼らですが、実際には我々の理解を超える経験と知識を有しています。それは途方もない旅の賜物《たまもの》なのです。わしはこの先、国会議員に立候補し、亜米利加大陸先住民の代表を務める所存です。いつか、すべての人が法の下で平等となる日がやって来ることでしょう――神の目にそう見えているように」

「雲に隠れた星々
私は時計を見る
歴史がすべてを裁くであろう」

「ジェレマイア君、君が政治を志すとは大変意外だ。しかし、君の考え方が王の偉大なる帝国において支持を得るとは思えない。汝らお二人は旅で随分と変わられたようだ」

「月は狂気を呼ぶ
時の経過を見よ
すべては褒美を得んがため」

「本当に随分と変わられた。特にメイソン様は。しかし、残念。もはや布甸もなく、麦酒も空っぽ。もっとお話をしたい気持ちは山々なれど、明日の朝にはジョージ王との謁見があるゆえ、これにて失礼。さらばだ、殿方」
 牧師が去ると、メイスンが空になったピッチャーを取り、給仕にお代わりを注文した。「なあ、ジェレマイア、まったくハリソン君の言う通りじゃないか。あの牧師はユーモアを解さぬただのお喋り屋だな」
 「その通りだな、チャールズ。しかも、財布の堅さと来たら、女将のコルセット並み。他人のビールを飲むだけ飲んで、空になった途端に消えた」
 「しかし、航程線云々という先の法螺話、あれは聞き応えがあった。あの男をぎゃふんと言わせるのは、ハリソン君の時計を巻くのと同じくらいたやすい。政治と散文詩でいちころだからな」
 「“法螺話”? 汝は|巫山戯《ふざけ》ていたのかしらんが、わしの話はすべて本気さ」

【訳者解説】

「政治と散文」(九月二十三日公開)について
 「政治と散文」というフレーズは『BE』一〇六頁に出て来る。内容は『メイスン&ディクスン』の設定を借りた短編。チャールズ・メイスンとジェレマイア・ディクスンはアメリカでいわゆる「メイソン=ディクソン線」の測量を終え、英国に戻ったところ。メイスンは小説中ずっと、亡き妻レベッカを思い続ける。ネヴィル・マスクラインはメイスンのライバルの天文学者で牧師。王立協会(または英国学士院)は英国最古の、権威ある科学研究の学会。ジョン・ハリソンは時計職人で|経線儀《クロノメーター》の発明者。
 ヒバリ入りのプディングは百五十年前の料理として、レシピがこちらのHP(http://victorianstories.blogspot.jp/2009/10/202-lark-pudding.html)に紹介されている。
 柴田元幸さんの翻訳をまねようと努力したのですが、とても難しくて、中途半端な文体になってしまいました。

(了)


2013年10月8日火曜日

トラフィックを増やすには



ハッシュスリンガーズ著 木原善彦訳

トラフィックを増やすには
(http://www.hashslingrz.com/build-your-traffic)

 ハンドルをぐいっと引くと前輪が縁石を跳び越え、後輪が横向きにスリップし、自転車が停まる。彼は自転車を街灯に鍵で固定し、マンハッタンの繁華街にある食堂に入った。ニューヨークの街路は、エド・ガンダーソンの人生における涅槃《ニルヴァーナ》だった。彼の夢は子供の頃にさかのぼる。テキサス州オースティンで最速の新聞配達気取りで自転車を駆り、住宅の裏庭フェンスの隙間を抜け、郵便受けに新聞を放り込み、自転車メッセンジャーとしての未来を夢見た。ロウワーイーストサイドのワンルームアパートに暮らしながらも、気分は上々だった。エドにはメッセンジャーの仕事が本当に合っていた。マディソン街に一マイル連なるタクシーの列を蛇のように抜ける最短コースを本能的に見つけ、ミッドタウンマンハッタンにある全ての信号が変わるタイミングを記憶し、バスの間を縫い、歩行者と車のドアを避け、ベーグルをがっつくのに忙しい交通整理の警官に見とがめられることもなかった。
 今日の彼は大きなチャンスを手にしていた。|自転車代替輸送企画《WASTE》の代表、マセラティ氏との面接。エドの才能に目をつける人物が現れたのだ。マセラティ氏は返信のできないある|ショートメッセージシステム《SMS》を通じて彼に連絡をよこし、街中にあるこの食堂での面接を持ちかけてきた。会社の所在地や電話番号といった詳細は秘密らしい。街の噂によると、WASTEはテクノロジー関係の会社を相手にするメッセンジャー業者としては最大手のようだ。つまり、最近いちばん金のある連中と取り引きをしているということ。
 エドが店に入るとウェイトレスが振り向き、ほほ笑んだ。「マセラティさんがお待ちよ。ジュークボックスの横のテーブル」
 「ありがとうございます」。彼は店の奥のジュークボックスに向かった。マセラティ氏は信じられないほど細身で、トーストしたホイペット犬のように、こんがりと日焼けした肌がぴんと引き締まっていた。彼は大きく腕を振って向かい側の椅子を指し、エドに座らせた。
 「君のことをしばらく前から見させてもらった。ひょっとすると君は、私たちが求めているメッセンジャーかもしれない。仕事《トラフィック》を増やす気はあるかね、ガンダーソン君。そのお手伝いをさせてもらおうかと思うのだが。準備はできるかな?」
 「朝の準備の話ですか? まずは自転車を点検します。チェーン、タイヤ、スペアチューブ、もろもろ。それから天気予報のチェック。雨になりそうなら雨具を用意します」
 「いや。そういうことじゃない。それはアマチュアのやる準備だ。ゾーンでメッセンジャーをやる場合の準備はそういうことではない。やり方が違う。うちでは準備の仕方がメッセンジャーとしての――“チクリスタ”としての――仕事を決める。だから、準備の仕方を学んでもらわなければならない。いいかね。うちのライダーはヨーロッパ出身者が多い。トラックレースをやっていた元プロの連中は準備の仕方を心得ている。パウロはイタリア人で保守的だから、アンフェタミンとカフェインが専門だ。しかし一時間に六杯のエスプレッソを飲んでるおかげで、彼には夜遅くまで仕事を頼める。アーノルドはミュンヘン出身。ロデオの雄牛よりも筋骨隆々で、毎日コルチコイドステロイド注射をしているから、重い品物の配達なら彼にお任せだ。ゲルハルトはアムステルダム出身。混合薬物《ポット・ベルジェ》が専門。前の日に街角で買ったものが何でも、翌日にはポットの具材になる。コカイン、興奮剤《アッパー》、鎮静剤《ダウナー》、種類を問わず鎮痛剤、ケタミン、ペントバルビタール。何でもありさ。ゲアハルトならサウスブロンクスの犯罪最多発地帯にでも送り込める。誰一人として彼には手出しをしようとしないからね」
 「マセラティさん、俺は薬物はやりません」
 「結構結構。その気持ちは分かる。問題ない。清く正しく生きるアメリカ人青年というわけだな。じゃあ一つ、特別な仕事があるぞ。薬物は無関係だ。いいか。テクノロジーの業界ではデータを守ることが至上命令になる場合がある。A地点からB地点にデータを送るとき、普通は電話線を使う。現代のコンピュータがやっているのはまさにそういうことだと言っていい。しかし、インターネットでデータがどの経路を通るのか? これはコントロールできない。だからデータを暗号化する必要が出てくる。それでも、通信を傍受する権力を持った連中が、解読する能力も併せ持った場合どうなるか? 傍受と解読をできるやつらに、データを送ったという事実さえ教えたくない場合、どうする? 唯一安全な解決策は空隙《くうげき》を作ること。A地点でデータを取り出し、電話線上で検知されることなく、離れた地点まで運び、そこで解読。コンピュータ科学者は最近、“今はビッグデータの時代だ”などと言いつのっているが、ビッグデータは昔から私たちのすぐそばに、いや、もっと正確には私たちのにあった。ヒトのDNAの内部にどれだけの情報が含まれているか、知っているかね? たった一グラムの中に七百テラバイト。ハードディスクドライブにそれだけの情報を書き込んだとしたら、運ぶのにトラックが何台も必要になる。われわれは遺伝子的な指示書きの力を利用させてもらうのだ。真っ昼間にニューヨークの街中で巨大なデータを運んでも、誰の目にも留まらない。まず、君の血液を一リットルほど取り出す。後日、君には自分の血液を注射で戻す。君の染色体内の、使われていない部分のDNAを組み換え、そこにデータの中身を入れておくのだ。データは運び人の目にも見えない。受取人のところまでデータを運んだら、また一リットルの血液を取り出す。元の血液が少しでも含まれていればそれで充分。それだけで何ペタバイトものデータが運べる。報酬はかなりなものだし、薬物とは無縁だ。その上、ラッキーなボーナスまで付いてくる。君が運ぶ荷物は――つまり一リットルの余分な血液のことだが――酸素消費の閾値《しきいち》を上げ、輸送作業を楽にしてくれる。君の荷物はいわば、マイナスの重さを持つということ。君なら史上最速のメッセンジャーになれるだろう」
 「ええ、先ほども言いましたが、薬物はなしということで。でも、分かりました、マセラティさん。俺は速くなりたい。最高のメッセンジャーになりたい」。エドは契約成立の印として握手をしながら考えた――この約束によって俺は成功するかもしれないし、駄目になるかもしれない。ひょっとしたらその両方かも。そしておそらく郵便システムは今後、これまでとはまったく違うものになるだろう、と。

【訳者解説】

・「トラフィックを増やすには」(九月十七日公開)について
 タイトルは『ブリーディング・エッジ』三四九ページに登場する表現。ストーリーは、脳に埋め込まれた記憶装置を使う情報運び人を主人公に据えたウィリアム・ギブソンの短編「記憶屋ジョニィ」、あるいはその映画化『JM』を思い起こさせる。
 主人公エドの下敷きとなっているのはテキサス州出身の元自転車プロロードレース選手、ランス・アームストロング(一九七一- )。彼はツールドフランスで七連勝したことなどで英雄視されていたが、二〇一三年初頭に現役時代のドーピングを認め、スキャンダラスな話題になった。彼は三歳のとき、母が再婚して、アームストロング姓になったが、生まれたときの名はランス・エドワード・ガンダーソンだった。マセラティはイタリアのスポーツカーメーカーを意識しての命名か。
 WASTEは『競売ナンバー49の叫び』に登場する秘密の郵便組織の略号。『重力の虹』では、第二次世界大戦が終わった直後、分割占領下のドイツが「ゾーン」と呼ばれる。
 「トーストしたホイペット犬」というのは、ツールドフランスを走る、無駄のない体格で日焼けした選手らを指す決まり文句。筋肉むきむきのアーノルドはアーノルド・シュワルツェネッガーを念頭に置いていると思われる。事前に採取していた自身の血液を競技直前に輸血して、持久力などを高める方法は「血液ドーピング」と呼ばれ、スポーツ界では禁じられている。


(了)